第26話 合同訓練

「おはよう」

「おう、押出。おはよ……って何かくたびれてないか?」

「え、そうか?」


 向井に差し出された手鏡で自分の顔を改めて見ると、目の下にはすさまじいクマが生じている。

 多分、最近ずっと携帯でジョーカーのいわばエゴサーチなるものを続けており寝不足に陥っているからだろう。


「そんなんで大丈夫か? それじゃあ学校合同でやるダンジョン探索で女子に引かれちまうぞ」

「え、そんなんあったっけ?」

「あるだろ、ほれ」


 そう言って向井は一枚のプリントを見せてくる。そのプリントに書かれていたのは我らが天馬探索高校の他に複数の高校名だ。これって俺も持ってたっけ? 

 最近配信やらSNSやら変化が多くて貰ったプリントを貰った瞬間見ることもなく鞄の中に入れているため全然知らなかった。

 向井に渡されたプリントを上から眺めていく。そして姫ケ丘探索高校という名前を見て俺の視線はピタリと止まる。


「おい、もしかして……」

「そうだ。今回は国内で有数のお嬢様学校、姫ケ丘高校まで来るんだ」

「マジかよ」


 去年までは確かリストには入っていなかったはずだ。何か先輩が姫ケ丘高校とか来てくれたら良いのにってブツクサ言ってたのを思い出す。それがいきなりどうしてこうなった。


「多分だけど、今年の一年には白崎がいるからだな」

「まあだよなぁ。いや~、あいつが居てくれて助かったぜ」

「……そう言えば前々から思ってたけどお前、白崎と妙に仲良いよな?」

「ん? あー、前に配信出た時、結構話して仲良くなったんだよ。ま、俺は途中で逃げたんだけど」

「な、情けねえぜ」


 俺は一応ジョーカーであることを向井にも隠しているため、向井から見れば俺はあの番人を前にして逃げたことになっている。

 当初、俺は向井とか親しい仲の人にだけ教えようかと思ってたんだけど、白崎に止めた方が良いと言われたためこうして隠し続けている。

 まあ、目立つのは好きだけど面倒ごとが増えるのは嫌なので俺はそれに従っている。ダンジョン配信の先輩が言うんだからこれが正しいんだよな。


「てか白崎はそれ行くのか?」

「知らないな。それこそ押出が本人に聞けるじゃねえか。あいつ、お前以外とあんまり喋らないんだし」

「それもそうか」


 とはいえ今日はまだ白崎は来ていない。基本的に仕事で学校には来られないため、今日はもう来ないのかもしれないな。


「そんなことはまあ良いんだよ。問題はその下だ。見てみろよ」


 向井に言われて俺はプリントの下を見て俺は目を見開く。


「え、俺達の高校と姫ケ丘高校の4~5人で班を編成……だと。そんな、まさか」

「そのまさかさ。どうだ? 俺が女子に引かれちまうぞって言ってた理由が分かっただろ?」


 姫ケ丘高校が合同訓練に居たとしても俺がそもそも視界に入る事すらないだろうと思っていたが、こういう事情ならば話は変わってくる。

 否が応でも顔を合わせる機会というものが発生するのだという事を理解する。

 

「なるほどな。お前が妙に浮かれている理由がようやくわかったぜ」

「お前だって浮かれてんだろ?」

「いや、俺はそうでもないな。だって俺には可能性が無いし」


 だってこれで連絡先を交換するところまでこぎつける奴なんて向井くらいなもんだろ?

 俺にはその役目が回ってくる事は無いじゃないか。


「そんな事ないぜ。ダンジョン探索で一番大事なのは強さだ。お前は強いんだから絶対チャンスはある」

「ほ、本当か?」

「ああ、本当さ」


 そうなると話は変わってくる。こんなに話題になっているくらいなのだから流石に俺が意外と強いというのは分かっている。

 配信と同じように力を見せつければ俺にもチャンスが……いや待てよ。

 ジョーカーとしての正体を隠すならばリボルバーも主神の槍も使えない。使えるのはやっぱり俺の拳のみって事になる。

 あれ? 結局微妙な力しか見せられなくて終わるんじゃないかこれ?

 いやいやいや、そんな事は無い。大丈夫、俺は素手でも強い!


「よし、気合入ってきたぞ!」

「単純だな、お前は」

「お前もだろ!」


 すかさず俺は向井へと突っ込みを入れると未来にある楽園を思い浮かべて俺はその日の授業に集中できないのであった。





「ダンジョン配信者ジョーカーについての情報提供を求む……か」


 白崎は楽屋にて探索者協会から届いた一通のメッセージを見て嘆息する。

 このメッセージが送られた時はジョーカーがSNS用アカウントを作っておらず接点があるのは白崎だけであったため仕方ないのかもしれないが、少し白崎に対する敬意が欠けているような文面だ。


「探索者協会も焦ってるね。何か大きな団体が動き出しでもしたのかな? それとも新しい神のお告げでも? どちらにしろ私が教えられる事なんて無いし断るつもりだけど」


 そうして断りの旨を告げるメッセージを送ろうとしたその時、白崎の目にとある人物の名前が飛び込んでくる。


「押出君も一緒に……これはちょっと断れないわね」

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