第24話 最強

 うねりながら湖の上に高く聳え立つのは岸壁でもなくましてや島でもなく一体の魔物だ。しかしそれほど巨大に思える程天高くから見下ろすその龍を前に俺はアイテムボックスの中から『主神の槍』を取り出す。


「シロリンさん、少し離れていてください」

「え、あ、はい!」


 どうやらシロリンを狙っているらしいと判断した俺はそう声を掛ける。

 多分こいつは番人なんかよりも遥かに強い。レッドドラゴン程度であれば番人と同じくらいの強さであるためシロリンと共同で戦っていたがこいつは無理だ。


『何か強そうじゃない?』

『レッドドラゴンと同じドラゴン? でも何かちょっと大きすぎるような……』

『ジョーカーでも勝てるのか? これ? 軽くビルくらいはありそうだけど』


 新たな強敵が現れたことでコメント欄が一気に加速する。先程まで俺に対する質問ばっかりだったのに今はそれを探せど一つもないほど。

 そしてその多くが俺を心配する声で上がっている。


「皆様、それではこれより華麗なるジョーカーのショーを始めさせていただきたいと思います」


 深々とカメラに向かってお辞儀をすると主神の槍を手にその大きな湖のドラゴンへと飛び掛かる。

 槍の先端がバチバチと不穏な音をたてはじめる。


 実はこの主神の槍は炎、水、草、雷属性など数々の属性を付与することが出来るのだ。

 今まで殴るか撃つかしかしなかった俺もこれで一端の異能使いという訳である。


「水には雷、相場はそう決まっているのですよ」


 主神の槍を振り下ろす。刹那、青白い色が世界を覆う。

 凄まじい雷撃、それから少し音が遅れてやってくる。


 ズドンッと重厚な音が辺りに響き渡る。

 

「どうでしょう?」


 雷はドラゴンの全身を駆け巡り、その細胞という細胞へと大きなダメージを与えていく。

 少しの間、痺れているかのような素振りを見せるものの、結局は仕留めるに至らないのか徐々に回復していくのが見て取れる。


「まだのようですね」


 今度は槍先を大きな刃へと変化させる。いわば薙刀なぎなたみたいな感じだ。

 正直、変形させる前よりも遥かに重量は増えるが、その分威力は十分に向上している。


 俺はそれを抱えて再度ドラゴンへと飛びかかると二度、三度と槍を振るう。

 槍先から放たれた斬撃はやがて飛翔する斬撃として姿を変化させ、ドラゴンへと斬りかかる。

 体の痺れが取れ始めたのか、ドラゴンはその斬撃に応戦しようと口を大きく開く。


 刹那、ドラゴンの口から放たれた激流のような息吹は斬撃へと衝突。

 そして周囲へと衝撃波を放ちながら空中で弾け飛ぶ。


「……しぶといですね」


『戦い方が異次元過ぎて草』

『絶対ジョーカーの正体、ランキングの誰かだろ。じゃなきゃ説明できないくらい強すぎる』

『もしかしてファースト?』

『いやそれはない。いくら強いって言ってもジョーカーがイグナイトに勝てるとは思えないし』

『まあそうだな。あいつはチートだし』


 コメント欄からもう緊張感が消えている。まだ俺戦ってるんですけど!?

 そう思っていると前方から力強いエネルギーの波動を感じ取る。

 

「うわ、でかいですね、これは」


 俺が余裕をぶっこいてコメント欄を見ている隙にドラゴンが生み出したのは湖の沿岸全方向から迫りくる巨大津波だ。

 さてと、そろそろリボルバーが欲しいところだけど、今からシロリンの所へ取りに戻るのは時間がかかるな。


 どうしたものかと俺が頭を悩ませている時、ふと後ろからトンッと肩を叩く音がする。


「ごめんなさい、借りたままだったわ」

「いえいえナイスタイミングです、シロリンさん」


 そうして渡されたのは見慣れたリボルバーである。

 俺はそれを受け取ると、ゆっくりと手に力を込めて撃鉄を弾く。


「ここらでショーは終演としましょうか」


 引き金を引いた瞬間、打ち出されるのは濃密なエネルギーの光線。

 狙いは津波の真ん中に悠々と浮かんでいる大きなドラゴンの胸元。


 膨大なエネルギーの波動に直撃したドラゴンは苦悶の雄たけびを上げる。

 ドラゴンの身に纏う鉄壁の鱗は剥がれ、膨大なエネルギーを孕んだ血肉は削れていく。


 しかし、それでもなおドラゴンの身体を撃ち抜くことはできない。ただ、かなりのダメージは与えられたことだろう。


「さて、これでチェックメイトです」


 既に主神の槍を手にもって飛び掛かっていた俺は今度は槍先が巨大化させてそれを一直線に防御の薄くなった胸元へと叩きつける。

 刹那、耳をつんざくようなドラゴンの雄たけびと共に打ち出した槍がドラゴンの胸元を貫通することに成功する。


「よし!」


 ようやくドラゴンへ致命的な一撃を与えられたことに喜ぶも束の間、こちらに迫りゆく大津波はいまだ健在である。

 おまけに俺はドラゴンへ詰め寄ったせいで既に飲み込まれる寸前だ。

 まあでも、俺は自分が大丈夫であることを悟っていた。


 俺の視界を大海の如き青が埋め尽くした時、それまで生き物の様に自由に動いていた大津波が一瞬にして大きな氷塊へと姿を変える。


「助かりましたよ、シロリンさん」

「このくらい、どうってこと、ない、で、す」


 どうやら大津波を凍らせるのに力の大半を使ったみたいで足元がおぼつかなくなっているシロリンの肩を背負うと、俺はドラゴンの方を見やる。


「討伐成功ですね」

 




『討伐成功ですね』


 画面の向こう側でそう告げる不気味な仮面の男を食い入るように見つめる男が居た。

 常人では到底たどり着けないであろう境地にある筋肉量を持つその男は、大きなフライドチキンを骨ごとかみ砕くと、スッと立ち上がる。


「Mr.ライオンハート。どうかされましたか?」

「今からあのダンジョンに潜りに行く」

「あのダンジョンに!? おひとりでですか!?」

「ああ。仕方ねえだろう? 血が騒ぐんだ」


 そう言うと人類最強の男は闘志を燃やしながらその部屋から出ていくのであった。

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