第17話 本当の姿

「それで? 私にここを繋げろって?」


 最早最初に道があったなどとは信じられないほどの深い谷を前にして白崎がそう告げる。


「出来そうか?」

「出来るけど……あなたなら飛んでいけるのでは?」

「俺を何だと思ってるんだ」


 俺には特別に飛行する異能なんて持っていないし、向こうまでジャンプする力も持っていない。

 何を以てして白崎がそう言っているのか、というのはまあステータスの数値なんだろうな。それだけは何故か妙に高いからな、俺。


「それじゃあ作るわね」


 そう言うと白崎を纏う周囲の気温が一瞬で下がる。凍てつく冷気、されとてその中心に居る少女の顔はその冷たさに顔を歪めることもなく慣れた手先で壮麗な氷の橋を造り始める。

 異能に目覚めた者、それらは自身の異能であれば何も感じる事は無いという。ただし、例えば白崎であれば自然の氷に対して常人と同じく冷たいと感じるようだ。

 

 俺はいつも不思議で向井に対して、どうしてお前は熱がることもなく炎を操れるのかと聞いた事がある。しかし返ってきた答えは自分の炎なんだから当たり前だろ、というものであった。

 自分の体の一部なんだからみたいに言われても、とより一層疑問が深まったのを覚えている。


「出来たわよ」

「すげー、ありがとう」


 目の前に広がる透明で綺麗な大橋。何故か装飾までこだわっているのか橋の欄干部分には氷彫刻のように美麗な模様が描かれている。


「……凝ってんなー」

「当たり前でしょう? 攻撃の用途でないのならこれは芸術なんだから」


 どういう理屈なのかはともかく取り敢えず能力の扱いに長けているという事は理解できた。


「それであの大扉に戻って何をするつもりなの?」

「試したいことがあって」


 長い氷の橋の上を二人で歩いていく。薄底の靴の裏は氷の冷たさをダイレクトに感じさせ、薄着のシャツはつんざくような寒さをこれでもかというほどに刺激的に演出してくれる。


「あの~、温度って上げる事できます?」

「無理だよ。私の異能、氷の力しか無いもの」

「ですよね~」


 頼んでおいて何なのだが、これはあまりにも寒すぎる。あ~あ、白崎に頼むって分かってたんだから普通に防寒具持ってこれば良かった。

 そうして四苦八苦しながらようやく俺達は件の大扉の前へとたどり着く。


「でけー」


 以前は番人越しにしか見ていなかったから目の前で見ている今、あの時よりもさらに大きく見える。

 こんな扉、鍵が開いたところで開けるのやら。全部鉄とかで出来てたら相当な重量だぞ。


「よし、と」


 アイテムボックスの中から古びた鍵を一つ取り出す。こんな小さな鍵がこんな大きな扉の鍵なのかどうか。

 大扉の近くまで行き、鍵穴を探す。

 しかしいくら探せど、どこにも鍵穴らしきものは見当たらない。ていうか穴すらない。なにこの綺麗な扉。

 

『扉の前で鍵を回すのだ』


 その時、突如として俺の脳内に語り掛ける声が聞こえる。神の声の時のような冷酷な声ではない。

 穏やかな温かく包んでくれるような声。

 口調は偉そうだが何故だか許せるその声に従い、俺は鍵をスッと扉に向けると空中でゆっくりと一回転させる。


 その時であった。一本の透明で大きな鍵が出現し、大扉へと刺さったのである。

 その透明な鍵は刺さったかと思えばぐるりと大きく回転する。そして確かにガチャリと鍵が開く時の音が聞こえてくるのだ。


「え、え、ええ!? どうなっているの?」

「うんにゃ、俺も分からん」


 自動的に開いていく扉。その先からは眩い光が漏れ出している。

 俺はその扉の向こうへ一歩、続いて白崎も一歩踏み出す。


「はえ~、だから塔っていう名前だったんだな、このダンジョン」

「すごく……大きい」


 大扉の先、そこには洞窟のような薄暗さはない。まるで別世界に居るかのようなそんな場所に一つ、天にも届く大きな塔がそびえ立っていた。

 ここが『挑戦者の塔』という名前の由来を知ると同時にいつものクエスト画面が目の前に表示される。


『クエスト達成。報酬を送ります』


 そうして俺の手元には一本の大きな槍が落ちてくる。

 

『主神の槍』


 何かとんでもない武器手に入れちゃった。何だよ、主神の槍って。


「それがあなたの異能なの?」

「うん? ああ、そうだ。『攻略者』って言うんだけどクエストをクリアするとこうして報酬が貰えるんだ」


 ほれほれと白崎に自身の槍捌きを見せつける。てかリボルバーの時も思ったけど何で俺初めて触った武器をこんなに扱えるんだ?


「今日はありがとう。お陰でクエストが進んだぜ」


 クエスト画面が『レッドドラゴンを二体倒す』という表示になっていることを確認すると、白崎に礼を告げる。

 聞いたことの無い魔物だが、進展がないよりかはマシだぜ。まあ、ゲームと同じ感じならこの先のダンジョンに居るだろう。知らんけど。


「今までのダンジョンはただの入り口だったってこと? ここが本当の『挑戦者の塔』ってこと? もう何が何だか分からなくなってきたわ。取り敢えずこの大扉の情報は探索者協会に報告はしておいた方が良いわね」

「探索者協会? 初めて聞いたな。なんだそりゃ?」

「え、知らないの? ダンジョンに潜る前に探索者登録したでしょう?」

「何かそんなのあった気がするな」

「その登録先が探索者協会って奴なの」

「へ~、全然知らなかった」

「知らなかっただなんて嘘でしょう? テレビでも散々流れてるのに」


 と言われましても知らんものは知らん。何かずっとクエストの仕様にはまってダンジョンに潜り続けてたんだから。


「ま、その報告とやらはまた後日って事で。今日は俺このダンジョンに潜ってみてえし。新しいクエストを達成したいんだ」

「ちょっと待ってよ」


 そうして俺と白崎はその新たな『挑戦者の塔』へと乗り込むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る