第16話 分不相応な名誉

「さてと、ここからどうすっか」


 白崎に『ダンジョン配信者になる』か『番人を倒したことを告白する』かの二つの選択肢を与えられた俺はあの後、とあるダンジョンの最深層に訪れていた。

 とあるダンジョンというのはもちのろんで『挑戦者の塔』、つまり番人を倒した場所である。


『門番撃破達成。鍵を用いてユグドラシルの試練へと続く大扉を開錠する』ってクエストには書いてあるんだけどさぁ。


「ここからどうやってあの大扉まで行くんだよ」


 目測だけでも俺のジャンプ力を大幅に上回る程距離は優にあることが分かる。はてさてあまりにも遠いこの道のりを俺は一体どうやって乗り越えれば良いんだ。


「……あ! そうだ! 白崎に頼めば良いじゃないか!」


 確か番人との戦闘中も広範囲に氷の床を張り巡らせていたし、このくらいの距離なら細い道で届かせられそうだ。

 

「まあ一回来たらこの転移石でいつでもこの階層まで来られるからな。また白崎に会う時に頼もう」


 白崎に頼もう、その案を考え付いた俺は来る前に気が付けよと思いながら『挑戦者の塔』を後にするのであった。





「今日は来てくれてありがとう。えーと、何て呼べばいいかな?」

「私は白崎でこちらは押出君で構いません」

「ど、どーも押出です」


 配信者名で呼ぶ訳にはいかないためか、そんなやり取りが冒頭で繰り広げられる。

 喫茶店の中、サングラスをかけスタイリッシュな服装をした二人の横で「なんだかなぁ」と大きく書かれたTシャツを着ていることを後悔する。

 高校生なのに大人っぽい白崎と正真正銘の大人であるシルクハットさんに囲まれた俺が何か二人の子供みたいではないか。

 

「ありがとう、白崎さん、押出君。僕の事は龍牙りゅうがと呼んでくれれば良いから」


 龍牙だと!? イケメンは名前までカッコいいのかよ。


「それで今回お呼びしてくれた理由は?」

「うん。あの時、僕が意識を失った後だね、本当は何があったの?」


 ニッコリと微笑みながら尋ねてくる龍牙さん。そのにこやかな表情の奥には絶対に嘘は見逃さないと言った確固たる鋭い眼差しが見え隠れしている。

 優しいと思ってたけど結構怖そう~。


「私が単独で番人を撃破しました」

「本当かい?」

「はい」


 白崎も毅然とした態度でそう答える。俺がまだ答えを出していないため、こうして一人で倒したことにしてくれているのだろう。


「現場には押出君も居たはずだよね?」

「俺が居たところで何の力にもなりませんよ」


 ここはどうせ病院まで白崎と一緒に四人を運んでいるからバレるだろうと判断した俺は素直に認め、代わりに自分では力が足りないため参戦はしていないと説明する。

 

「なら本当に白崎さんだけであの魔物を倒したって言うんだね?」

「はい」


 曇りなき真剣な眼差しを向ける龍牙さんには申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら首肯する。

 暫し沈黙があった後、龍牙さんの瞳の奥にあった鋭さが消え失せ、満面の笑みをこちらに向けてくる。


「いや~はっはっは! まあ押出君な訳ないか! だってランキング内で白崎さんの名前は聞いた事があっても押出君の名前は聞いた事ないしね」

「あ、あはは、あはははは! そうでしょうそうでしょう?」

「まあ、もしも押出君がだったらまた別の話だけどね」


 ヒィッ、やっぱり何か見定めてきてるぅ。俺はヒヤリとしながらも愛想笑いを繰り出すことによって難を凌ぐ。


「ファーストだなんてそんな。俺はまだ上級探索者ですらないんですから」

「まああなたの場合、いつでも上級探索者になれるでしょうけどね」


 おいいい! お前はどっちの味方なんだよ白崎!

 恨みがましい目で白崎の方を見るも、本人はどこ吹く風、届いたコーヒーをストローで飲んでいる。


「ま、流石に押出君がファーストだなんて思ってないよ。多分、相手の力を利用する異能とかなんだろう? それならそんなに隠す必要はないし。あと、最後に忠告しておきたいんだけど」


 そう前振りをすると、龍牙さんはこう告げる。


「白崎さんに分不相応な名誉を着せてしまうと後悔することになる。もしも君が番人を倒したのなら全力で白崎さんを守るんだ」

「……それってどういう?」

「世界はそれだけ緊迫した状況にあるという事だ。くれぐれも気を付けるんだよ」


 まあそれについては僕も同じなんだけどね、と笑いこの話は終了する。

 あとは最近の配信の調子だったりダンジョンの内容など様々な世間話が繰り広げられていった。

 だが、楽しい話題に差し掛かろうとも俺の心には先程の龍牙さんの言葉が残り続けているのであった。





「白崎」

「どうしたの?」

「龍牙さんのあの言葉ってどういう意味だったんだろう?」


 龍牙さんと別れて白崎と二人で帰路についている最中、俺は突然そう切り出す。


「あの言葉って?」

「白崎に分不相応な名誉を着せると後悔するっていう奴」


 あれから何回考えても分からない。名誉を被せると後悔するってどういう事なんだろうと考えている間にその理由を龍牙さんに聞きそびれてしまっていた。


「あれは龍牙さんが心配しすぎなだけじゃないかな? 最近、強力なダンジョン探索者が無理やり連れ去られる事件とか起きてるからその事を言ってるんだと思う」

「探索者を連れ去る……か」

「ま、別にあなたが守ってくれても良いんだけどね? あの時みたいに」

「え?」


 白崎の言っている意味がよく分からず聞き返す。守るって具体的にどうすれば良いんだ?


「うふふ、冗談よ。じゃ、私はこっちだから」

「何だよ……あ、そうだ思い出した。白崎に頼みたいことがあるんだった」


 白崎が帰ろうとした時、俺はダンジョンの大扉の事を思い出し呼び止める。


「なに?」

「あのダンジョンにまた一緒に行ってほしいんだ」

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