第11話 希望
「オーディン君は逃げたか!」
「大丈夫! 逃げたよ!」
「おっけー、シロリン! みんなが落ちないように氷の床を張ってくれ」
「了解です」
シルクハットの指示が飛んだ瞬間、シロリンこと白崎を中心として分厚い氷の膜が張り巡らされていく。谷底を覆っていくその氷はちょっとやそっとでは壊れないし溶けないだろう。
「僕はステータスドレインをし続ける。今の僕のステータスの数値は500万。対するやつのステータスの数値は1000万くらいだ。大体、三分くらいあったら僕と奴は同じステータス値になるだろう」
「オーケー、任せて。時間稼ぎは得意なの」
勢いよく前に飛び出した黒猫の周囲を風の能力が纏う。そしてそこから放たれるのはすべてを切り刻まんとする風の刃である。
無数の風の刃が番人の下へと射出される。
しかし、番人はそれをまるで無かったものかの様に爪を振るい、消滅させる。
そして今度は逆に口に蓄えていた青白い焔を吐き出すのである。
「おっらあ!」
黒猫に放たれた青白い焔。それを受け止めようと飛び出してきたのは特に逞しい体を持つ男、キングルーである。
キングルーの異能は『衝撃』。衝撃波を生み出し、相手を攻撃する。
更には今回の様に防御にもすることが出来るのである。
「でかしたわよ、キングルー!」
「おうよ! この調子でシルクハットがあいつと同じステータスになるまで耐えるんだ!」
黒猫とキングルーが洗練された動きを見せる。
対するユージンも負けてはいない。
「俺の異能は時間を稼ぐためのような物だからね」
ユージンの異能は『念力』。発動した瞬間、番人が急に爪を自分へと振りかざし、自傷する。
そして更に畳みかけるようにしてダンジョン内に落ちている無数の岩を空中に浮かべると、番人に向かって射出する。
しかし、番人の防御が頑強なためか勢いよく衝突した岩は粉々に砕けちり、大したダメージを与えない。
それよりも念力による拘束が効力を発揮している。
「
動きが拘束されている番人を巨大な氷の槍が襲う。
まさに体を貫こうとせん勢いで放たれたその氷の槍は惜しくもやはり番人の防御には敵わず衝突と同時に半ばで折れてしまう。
「駄目だ、俺達の攻撃が何にも通らねえ」
「私達の攻撃が効かなくても問題ありません。シルクハットさんのための時間稼ぎですから」
シルクハットが口走っていたステータス数値1000万。『ステータスドレイン』というチート級の力を持っているシルクハットだからこそそれの半分まで差し迫っていた。
しかし、本来ならば聞いた瞬間に絶望するほどの数値である。かくいう白崎でもステータス数値は120万ほどしかないのだから。
そのため、自分たちの攻撃が効かないというのは想定していた通りであった。
寧ろ念力で拘束できている今の状況は予想よりもはるかに良い状況であると言える。
「くっ、もう駄目だ。抑えきれない」
そんな時であった。『念力』の異能を操るユージンがその場で頽れる。
拘束していた番人の力があまりにも大きく、抵抗する度に彼の脳を大きく揺らしていたのである。
そして遂に拘束から放たれた番人はこれまでの鬱憤を晴らすかの如く凄まじい速さで頭を押さえ隙だらけとなっているユージンの下へ姿を現す。
「へ?」
「ユージン! あぶねえ!」
ユージンが番人の腕に薙ぎ払われそうになった瞬間、キングルーが横から飛び出し、ユージンの前へ立つとその剛腕から強力な衝撃波を発する。
しかし、それはただ番人の攻撃を和らげることしか出来ず、相殺しきれなかった力の波動が二人を襲う。
「ぐわああっ!」
吹き飛ばされた二人の体はダンジョンの壁へと激突し、白崎が作り出した氷の床の上に落ちる。
「ユージンさん! キングルーさん!」
二人に駆け寄りたい気持ちを押し殺して白崎は目の前の番人を睥睨する。
ここで二人の下へ向かえば黒猫とシルクハットの二人で戦わねばならないようになるためである。
「シルクハット、あとどれくらいかかるの!?」
「後1分、いや後30秒だ!」
「オーケー。シロリン、いけるよね?」
「はい」
黒猫が風を纏い始める。そのまま両手を前方へと突き出すと掌から横向きの竜巻を発生させる。
ついで白崎も氷でできた龍を作り出し、番人へとぶつける。
竜巻と氷の龍。
二つはダンジョンの床を削り取り、障害となる岩を粉砕しながら番人の下へと迫る。
そしてまさにぶつかるその瞬間、番人の口から青白い光の束が放出される。
それは最初に白崎を襲ったものと同一の攻撃。
その出力は計り知れず、たった一つの力で二人の力と互角に渡り合う。
いや、寧ろ二人が放った力よりも優勢となり徐々に竜巻と氷の龍を飲み込んでいく。
「や、ばいかも。シルクハット! もう30秒経ったわよ!」
「うん、ありがとう二人とも。もう準備は整った」
二人にそう告げるとシルクハットは剣を携え番人の下へと行く。
「
そして青白い光線を放出している顔めがけて剣を振り下ろす。その瞬間、シルクハットの背丈を遥かに超えた凄まじい斬撃が番人の前に顕現する。
ステータスドレインによって番人と同じステータス数値へと達した、いや番人を超えたシルクハットの攻撃は硬い番人の装甲をいとも容易く斬り捨てる。
そしてシルクハットの斬撃は抵抗できない番人の身体を引き裂いていく。
「グオオオオオッ!」
番人の口から発せられる初めての苦悶の雄たけび。次いで、隙が生じた番人へと竜巻と氷の龍が襲い掛かる。
上級探索者による激しい攻撃はやがて周囲へと甚大な被害を与える。
大地は捲れ、空気は揺れる。
「ステータス数値1000万の攻撃にシロリンと黒猫の攻撃をもろに受けたんだ。流石にこれで終いだね」
とんと地上へ降り立ち、二人の下へと戻ってきたシルクハットは確かな手応えを感じたのかそう告げる。
「これで生きてたら魔物っていうより神よ」
「私、ユージンさんとキングルーさんを運んできます」
「あ、僕も行くよ。ユージンならともかくキングルーは君じゃ持てないだろ?」
「私はちょっと休憩~。流石に疲れたわ」
番人を打倒した、それを讃え合う暇もなく白崎はシルクハットと共にユージンとキングルーの下へと向かおうとする。
まさにその時であった。
「え?」
シルクハットと白崎の前に突然太い獣の腕が現れたのである。
そしてそれはいとも容易くシルクハットの身体を薙ぎ払う。
「シルクハットさん!?」
「……嘘。まだ生きてんの?」
シルクハットは今の一撃で意識を失ったのかダンジョンの床の上でぐったりと倒れこむ。
そして残されたのは黒猫と白崎の二人だけ。
咄嗟に黒猫が竜巻を起こし、番人へと打ち放つ。
しかし、それよりも速く黒猫の眼前まで迫り来た番人は前腕を大きく振るい、黒猫の身体を吹き飛ばす。
「黒猫さん!」
白崎が動き出すよりも速く番人は白崎の身体を捕えると白崎を地面に押さえつける。
「くっ……」
激しく押さえつけられたためか鈍痛が走る。更には押さえつけられた爪が徐々に白崎の体に食い込んでくる。
そして正面からはあの青白い光は見えてくる。
戦える者はもう誰も居ない。したがってこの状況から救い出してくれる人はもう居ない。
「ごめんなさい、皆さん」
最後に今回参加してくれたメンバーへの謝罪をすると、強く目を瞑ってその時を待つ。
そして放たれる青白い光線。
じりじりと伝わってくる熱が白崎の心を燃やし尽くす。
「いや、流石に逃げちゃダメだよな」
死を覚悟したまさにその時、白崎の耳元でそんな声が聞こえる。
直後にドンっという音が鳴り、白崎は自身の体が軽くなったように感じる。
「ごめんなさいってのは俺だ。たくっ、さっさと踏ん切り付けて戻ってこれば良かったぜ。ていうかその前に逃げんなよな」
番人の巨体を軽々と吹き飛ばすその後ろ姿。そんな芸当が出来る者は数が限られている。
しかし、白崎の目の前に居たのはそうして名が挙げられるような有名人などではない。
「押出君」
そこに立っていたのは逃げていた筈の同じクラスに居るごく普通の少年、押出迅の姿であった。
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