第10話 強大な敵

「やばいやばいやばい! 番人が動き出したぞ!」

「ヤバいじゃん! シロリーン!」

「二人とも、大丈夫か!」


 番人が動き出す。そんなことはかつて一度たりとも起こり得なかった。

 最初は誰もが細心の注意を払っていた事だろう。

 

 しかしその行いが繰り返し許されれば必然とその警戒度合いは下がっていく。

 そしていざ牙を剥かれた時には臆病な小鹿みたいに逃げていくだけ。


 ダンジョン探索であれほど頼りになっていたユージンさん、黒猫さん、キングルーさん達が慌てふためき何も出来ないでいる。

 それもそうだ。シロリン、いや配信が終わった今は白崎でいいか。

 白崎によればこの番人とやらは過去に何人もの実力派探索者を葬ってきたらしいし。

 それもランキング入りしてるような化け物ですら。


 そうそれだけヤバい状況なのだ。


 だけどコッチにも化け物はいる。

 最近ランキングで20位以内という最年少でランキング常連の仲間入りをした白崎。

 さらにナンバーズと呼ばれる全世界で8位のシルクハットさんが居るのだ。


 流石にこの二人が居て負ける訳が無い。


「不味いわね。勝てる気がしないわ」

「え、白崎でも?」


 まさかの白崎の弱気発言で俺は動揺する。ランキング入りしている白崎でこれなら俺はどうなるんだ!?


「シロリン! オーディン君! 危ない!」


 そんな時であった。番人がその鋭い爪を俺たちに向けて振り翳してきたのである。

 しかし、すんでのところでシルクハットさんが俺達と番人との間に滑り込み、剣を振るう。

 番人の爪がシルクハットさんの剣と交差する。その瞬間、周囲に凄まじい衝撃波が発生する。


「あ、ありがとうございます」

「二人とも逃げろ! こいつはナンバーズすら葬った最強の魔物だ! 僕にしか相手出来ない。君達もだよ、黒猫、ユージン、キングルー!」

 

 シルクハットさんはそう言うと続けて赤色のオーラを纏い始める。

 異能『ステータスドレイン』。最強とも呼び声の高いその異能は強大な敵のステータスですら吸収し、自分の力にすることが出来る。


「いえ、このダンジョンに呼んだのは私です。シルクハットさんだけ置いて逃げるわけにはいきません」


 主催者の意地があるのだろう。頑なにその場から動かず、シルクハットさんと共に戦うべく、剣を構える。

 俺はどうすべきか。この場合は普通に逃げた方が良いんだろうけど。


「押出君、ごめんなさいね。配信者でもないあなたまで巻き込んでしまって」

「謝らなくて良いよ。こんなの予想外だろうし仕方ないさ」


 実際、番人が攻撃を仕掛けてくることなど今までなかった事なのだからしょうがない。

 天災みたいなもんだろう。


「私達も二人を置いて逃げるわけにはいかないにゃん」

「そうだ。女子高生が残るって言っているのに成人の俺が逃げるわけにはいかない」

「おうともよ。シルクハット、邪魔はしねえから俺達も戦わせろ」


 黒猫さん、ユージンさん、そしてキングルーさんまでもが残って戦うと宣言する。皆、勇気あるな。俺なんてシルクハットさんの言葉を聞いて真っ先に逃げようかなんて考えていたのに。


「皆……死んでも知らないぞ」


 みんなが残ると思わなかったのかニヤリと笑みを零すとシルクハットさんは番人に向き直る。

 よし、こうなりゃ俺も残って戦お……。


「オーディン君は逃げた方が良い」

「オーディン君、君は逃げるんだ」

「オーディン。あんたは逃げた方が良いにゃん」


 まさかの怒涛の畳みかけである。


「一応、俺もダンジョン経験あるんだけど」

「でもほとんど初心者みたいなもんだ。君だと本当に死んじゃうかもしれないから」


 最後のシルクハットさんからの一言で確かにと納得してしまう。本心は恐らく俺が居ることでやはり足手纏いになってしまう事だろう。

 それを強く否定できないからこそ情けなくなる。


「押出君。今日はごめんね。また明後日学校で会お」

「白崎……分かった」


 結局情けないながらも俺は逃げることを決断する。一歩また一歩と皆から遠ざかっていくたびに心が締め付けられるのが分かる。

 だって俺を見送る時の皆の顔が覚悟を決めたものだったから。

 決して死ぬ覚悟ではない。死ぬ気で強大な敵に挑む覚悟。


 そんなつわもの達の中に入れない自分がこれ程ないくらいに悔しい。

 こんなに悔しく寂しいと思えたのは初めてだった。


 両側が奈落の底に挟まれた道を俺は振り返ることなく走っていく。その直後、番人との戦いが始まったのか後方から激しい音が聞こえてくる。

 

「皆、無事でいてくれよ」


 俺はそう呟くと終わりの来ない道をひたすら走ってゆくのであった。

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