第9話

 伏せた目をゆっくりあける。

 視界の端に映る、白いレース生地。

「なん? これ?」

「マリアベール。聖母マリア様のベールに由来するベール。横顔を美しくみせてくれるんだよ。蓮の横顔はキレイだから、思った通り、すごくよく似合ってる」

「これ、どうしたん?」

「つくった」

「つくったの⁉」

「家庭科室に泊まり込んで」

 ……これが、寝不足の、原因?

「俺のお嫁さんになって欲しい、って想いと感謝が込められてるんだ」

「……感謝?」

「そう、森谷先生はマリア様の様に、優しく、温かくて、いつも生徒のみんなを想ってくれている。だから、その存在に感謝したくて。全校生徒を代表して、想いを込めてつくったの。みんなの想い、受け取ってくれる?」

 この想いを表すのに、ふさわしい言葉がみつからない。

「……ありがとう」

 養護教諭になって、見てみたかった景色は、全部、泉が見せてくれた。

 左手がそっと取られ、薬指になにかが収まる。

 ……指環?

「……なあ、これ」

「俺がつくった」

「え⁉ これもつくったん?」

「技術室に泊まり込んで」

 そこまでするかとの驚きで言葉が紡げない。

「まだ、学生でお金もあまりないから、シルバーだけど、社会人になったら、プラチナのペアリングちゃんと用意する。だから、待っていて欲しい」

 優しい手が、頬を撫でてくれる。

「嬉しい。待っているな」

 泉の笑顔が、咲きこぼれる。

 そして、手元に差し出されたのは、青い二本のバラ。

「二本のバラには、『この世界はあなたと私だけ』という意味があるの」

「そうなん?」

「ブルーローズの花言葉は『神の祝福』『奇跡』なんだ」

 言っている意味が分からなかった。

「きっとね、この学校で出会ったのは、神様のおかげ、奇跡だから。そしてね、これはプリザーブドフラワーと言って、枯れない花なの」

「……そんなのあるんや」

「そう『ずっと一緒に』って意味があるんだ」

『この世界に、二人で、ずっと一緒に』

 込められた意味に気付いて、その切実な想いに、頬が熱くなる。

「照れた?可愛い」

 なんで、こんな事、照れずにできるんやろ?

 チャペルでプロポーズ、指環の交換、あと、なんかあった?

 友人の誰より早く訪れた結婚の機会。思案していると……。

 両手を取って、向かい合う。泉が、上空にチラチラと目線をやる。

 ……そういえば、時間を気にしていた――――その理由は?


 上空からカーンと鐘の声。

 チャペルに反響し、その音色に包まれる。

『聖アンジェラスの鐘』

 十七時、それを待っていた?

 ステンドグラスに光が差し込み、荘厳な空間が生まれる。

「蓮、ふたりで一緒に幸せになろう」

 一歩近づき、目を合わせて告げられた誓い。

 類に手を添え、美しく照らされた顔が近づく。

 目を優しく閉じて、唇が重なる。

『神様への誓いの言葉を封じ込める』

 誓いのキス。


 神秘的な空間を演出する光と音と彩り。

 それは、まるで、この世界の二人を、神が祝福しているよう。

 贈られた全てに込められた想い、受け止めた心は愛であふれ、涙がこぼれる。

 ゆっくりと唇がはなれ、目蓋を開く。

 吐息のかかる距離にある、淡紅色の唇。

 離れたくなくて、小さく軽いキスを送る。

 穏やかな目で微笑み、包むように抱きしめて、優しいキスをくれた。

 腕に包まれたまま、見つめあう。

「どう? 俺からのサプライズ」

「びっくりしすぎて、心臓止まるかと思った」

「やめてよ! 結婚した日に一人になるなんて」

「……そうやな、ずっと一緒やもんな。準備していて、寝不足なん?」

「……うん」

「ありがとう。嬉しい」

 胸に顔をうずめた。

「泉は、ほんま、学校が大好きやな」

「ちがうよ? 森谷先生のお陰で好きになれたんだよ!」

 ぽろぽろ零れる涙を、止められなくて、いつまでも優しく抱きしめてもらった。

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