第8話

 進路指導室の隣にあった、教材室。

 ……なぜ、カギが開いている? ドアを開けて中に滑り込む。

 壁際に置かれている、複合機の前に立ち、婚姻届をガラス面に慎重にセットする。

「なん? コピーでもするん?」

「コピーしたら、価値が下がるでしょ!」

 割と本気で怒られた。てっきり、俺の分もコピーしてくれるものと思っていたら違う様だ。

「なにしてん?」

「スキャン」

「はあ?」

「USBメモリと、スマホと、クラウドに保管するの」

「……いや、そこまでする?」

「最高画質でスキャンしているから、ちょっと時間かかるなー」

 黙るしかなかった。

「十八歳の誕生日プレゼントに、母さんにサイバーリスク保険に入ってもらったから、データが消失しても、サイバーテロの被害にあっても補償されるんだ」

「いや、ほんま、そこまでする?」

「クラウドも有料サービスにアップグレードして容量増やした」

「……どれくらい?」

「2テラバイト」

「……多すぎん?」

「これから一生の想い出を保存するんだから足りないくらいだよ?」

 今度は、慣れた手つきで、ラミネートフィルムに挟んでいく。

「手慣れてない?」

「練習した」

 温めてあった、ラミネーターにフィルムを慎重にセットしていく。

「器用やな」

「うん、練習したんだ」

 仕上がった作品を、宙にかざして、満足そうに眺める。

「家宝にする!」

「阿部家の家宝の基準、低くない?」

 これで終わりかと思いきや、また、手を取って走り出す。

「まだ、なんかあるん?」

「ここからが本番!」

「もうちょっと労わってくれん?」

 保健室に戻り、ラミネートされた婚姻届を一旦、デスクに置いて、また、走り出す。

「もって行ったらあかんかったの?」

「いいから、ついてきて!」

 ……なんで、そんなに焦ってるん?

 保健室を出て、左に進む。十字路を右に進む。

 ……こっちって、何かあった?

 生徒玄関の前を左手に切り替えし、学生ホール中央の螺旋階段に向かう。

 ここを上るのは、はじめてかもしれない。

 やっと、手を引くスピードが緩まる。

 一段一段、エスコートする様に上がっていく。

 泉がこちらを振り返り、笑顔をみせる。

 その後ろに、ステンドグラスをあしらった窓、その奥には、淡く春の夕闇がただよう。

「これを見せたかったん?」

「これはオマケだよ?」

「そうなん?」

「足元、気を付けてね」

 そう言って、また、優しく手を引いていく。

 階段を上りきった、その正面に見えるのは。

「……チャペル?」

 洋風の、厳かな雰囲気のドアが見える。ゆっくり、近づき、並んで、そのドアの前に立つ。

 ドアハンドルを握り、開けようとするので、慌てて止めにはいる。

「勝手に入ったらあかんて、シスター (教頭)に怒られるで!」

「平気、後で蓮が怒られてくれればいいから」

「……いや、あかんやろ」

「早く、入って」

 そう言って、ドアを開け、チャぺルの室内へ押し込まれる。

 自然光が差し込む、薄暗いチャペル。足元に、灯りの道。

 手を取り合って、ゆっくりと、歩を進める。

 出会いから、これまでの時間を、思い出していく様に。

 正面に祭壇、中央には十字架。

 高校生の時、宗教教育の授業でチャペルの中に入った事はあった。

 でも、あの時は、足元に灯りなんてなかった。

 大学にもチャぺルはあった。

 そこで聞いた話し。欧米の言い伝え。

『キャンドルの数だけ天使が舞い降りる』

 キャンドルが繋ぐ、灯りの道をふたり歩む。

 もう、泣いている気がする。

 祭壇の前に立ち、ふたり向き合う。

 困った様に微笑み、涙を拭ってくれる。

「泣き虫になったね」

「……泣くやろ、こんなん」

「もうちょっと頑張って、ね?」

 そう言って、何かを祭壇の裏から取り出した。

「目をつむってくれる?」

 目を伏せた時、頭にふわりと何かが被せられた。

「目をあけて」

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