第38話

「泉に告白された⁉」

「樹、海斗、声デカいって!」

「はー、やっと言ったかー」

「は?」

「誰がどうみても蓮の事好きなのバレバレだったじゃん」

「そうだよ」

 海斗も樹も何を今更、という表情だ。

「気付いていないの蓮だけじゃない?」

「ねー?」

「いや、気付かんやろ。男同士やで? しかも先生と生徒やし」

「だって、蓮も高校生の時、男の先生に恋していたんでしょ?」

 泉に、気持ちを伝えられてから、ずっと考えていた。なんて答えれば良いのか。

 一人で考えても、堂々巡りで、樹と海斗に相談した。そして結局、岸先生の事も全部話す羽目になった。

「高校生でも本気で恋をするって事、一番分かるのは蓮自身じゃないの?」

 何も言えなかった。

「ちゃんと受け止めてあげないと、蓮の過去の恋も否定する事にならない?」

「……過去?」

「え! まだ好きだとか言う?」

「いや、わからんのよ」

「なんで?」

「……やって、岸先生は特別やもん。人生変えるキッカケになった人やし」

「蓮は、頭も良いし、仕事もできる。しっかりした大人だけどさ、恋愛スキルは高校生レベルなんだね?」

「……はあ? どういう事?」

「だって、尊敬と恋愛感情がごっちゃになっているよ?」

「そうそう!」

 また同調する樹と海斗。

「……ほんま、分からんのやけど」

「尊敬と恋愛感情は、相手に好意があるって事は共通なんだけど、決定的に違うのが、相手と肉体関係を持ちたいと思うか? って事だよ」

「肉体関係?」

「ウソでしょ! 養護教諭なんだから、性知識くらいあるでしょ?」

「それはあるけど、関係ないやん? 男同士やで?」

「だから、男同士だってキスもセックスもできるでしょ? それを、岸先生って人としたいと思っていたの?」

「……考えた事もなかった」

「ほら、それは『尊敬』で、性格・言動・生き方・考え方、それらを好意的にみているって事。恋愛感情と似ているけど、岸先生を大好きなのも、岸先生の後を追って養護教諭になったのも全部ぜーんぶ、元を正せば、岸先生への憧れ。尊敬してるからこそ!」

「そう、やったんや」

「やっと分かったの?」

 得意げに言う海斗に反論する。

「でも、泉やって、俺の事を尊敬してるから好きって言ってるんやないの?」

「恋愛感情っていうのは、自分で自分を制御できなくなるものなんだよ?」

「そうなん?」

「泉の言動をよく思い出してみてよ」

 泉の言動?何かあった?

「婚姻届にサインしてって言われた」

「は?」

「あと、子供が欲しいって」

「……それで?」

「ちゅーもされた」

 一瞬、静寂が漂う。

「なんで、それで気付かないの?」

「リップサービスちゃうの?」

「ホストでもそんな事しないよ? 全く」

 一転して二人とも呆れ顔になった。

「婚姻届にサインして、って事は、結婚したいほど好きって事でしょ?」

「は?」

「子供欲しいって事は、蓮とセックスしたいって事じゃん」

「……まじ?」

「それで? ちゅーされてどう思ったの?」

「何も」

「嫌な感情は浮かばなかったんだね?」

「おん」

「さっき自分で男同士だって言っていたよね? 泉も男だよ? 何で嫌じゃなかったの?」

「……なんでやろ?」

「先生と生徒じゃダメなんでしょ? 何で拒否しなかったの?」

「……なんでって」

 あの時、ひと雫流れた涙がとても綺麗で、泉の表情が、とても美しく見えたから。

 引き寄せられるまま、唇が重なって。

 柔らかくて、あたたかい感触。

 拒否するなんて、出来なかった。

 むしろ、離れるのが惜しいくらいに。

 ……でも、それって。

「……なんで、急に赤くなってるの?」

「……は?いや、その」

「最近ね、泉の表情が変わったの」

「どの辺が?」

「前に美術で保健室の絵を描いたでしょ?」

「おん」

「あの時、白と黒だった絵がね、今はピンクとか水色とか優しい明るい色を使った絵を描く様になったの」

「知らんかった」

「何があったのか聞いたら、今まで見えなかった色に気付いて世界が明るい。毎日新鮮だって。目をキラキラ輝かせていた」

「ねぇ、これでも恋愛感情じゃないって思う?泉の本気の想い、伝わらない?」

 ――――何かが、心にストンと落ちた。

 岸先生に教えて貰ったあの言葉。

『831』

 相手に伝えたかったのは、言葉じゃなくて想いなんだって。

 文字数は関係なかった。

『好き』のたった二文字が凪いだ水面に波紋をつくった。

 心地よく染み込んで、全身に響き渡った。

 自分の心を満たす為ではなく、相手の為に伝えたいと言った。泉の清らかな心を、とても愛おしいと思った。

 だから、伝えられなかった。自分の心の浅ましさが、泉の心を汚してしまう気がして。

「こんなに純粋に想ってくれる相手なんて、そうそういないよ? いいの? 後悔しても」

「後悔?」

「また、伝えられなかったら、失った時に気付いても、もう届かないんだよ?」

「でも、学校にいる内はムリやない?」

「さっき、言ったじゃん。蓮の恋愛スキルは高校生レベルだって」

「それ、関係あるん?」

「恋愛スキルは、泉と同年齢ってこと」

「年上とか先生とか、そういうのナシにしてさ、ちゃんと一人の人間として向き合ってあげなよ」

「……おん」

「どんな言葉でも、ちゃんと想いがこもっていれば伝わるって」

「そう、なんかな?」

「泉は待っているよ? 蓮の言葉を」

「……考えて、みる」

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