第27話

 体育の授業中に足首を捻った。

 我慢はできたけど、前に手術した所だし森谷先生に診てもらった方が良いかと思って、体育教師に話した。

 この体育教師、岩村先生は去年の担任でダンス部の顧問だった。苦手だけど、俺の怪我の事も手術の事も知ってるし。ちゃんと、伝えれば分かってくれると思ったんだ……。

「岩村先生、足を捻ったので念の為、保健室に行っても良いですか?」

「何だ? 阿部。サボる気か?」

「……いえ、本当に足が痛くて」

「そんな嘘ついてまで、授業を抜けたいのか? そんなに、俺の事が嫌いか?」

「……いえ、ですから、そういう事では」

 ニヤリと汚らしい笑みを浮かべる体育教師。

「そんなに保健医の所に行きたいのか?」

「どういう意味ですか?」

「ずいぶんと親しくしている様じゃないか」

 更にニヤニヤ笑いながら馴れ馴れしく話しかけてくる。

「確かに、若いし女子みたいに可愛いらしいもんな?」

 ……なんだこいつ。

「どうやって口説いてんだ? 先生にも教えろよ。世話になっただろ?」

 何かが、切れた音がした。

「そんな汚い目で、あの人の事を見るな!」

「なんだ貴様! 誰に向かって口を聞いてるんだ!」

 心配そうに見ていた長谷部が助け舟を出してくれる。

「岩村先生、泉が元々足を痛めているのはご存知でしょう? 早めに保健室に行くのが最善かと思います」

「うるさい! 長谷部、お前も俺に意見するつもりか? 今は授業中だ! 俺に従え!」

 更に体育教師は続ける。

「和を乱した罰だ! 阿部は黙って授業を続けろ! 長谷部! お前は体育館の外周を授業が終わるまで走ってろ! 他の奴らも何を手を止めてるんだ! さっさと授業を続けやがれ!」


 ◇


 今は、病院に向かう車内。


「森谷先生、さっき誰に電話してたの?」

「んー? 行けば分かる」

「あ、俺、保険証持ってない! それにお金ない……」

「大丈夫、俺が立て替えたる」

「……え?でも」

「学校管理下で起きた怪我やから、お金は申請すれば後から戻ってくるんよ」

「は?」

「え? 知らんかったん?」

「うん」

「嘘やろ、誰も説明してないんか……」

 学校管理下っていうのは、通学の登下校、授業中、課外活動中、休み時間、全ての学校で過ごす時間は学校に責任があるってことで、その中で起きた怪我なんかは、学校が治療費を払う事になっているそうだ。

「正式には学校が共済に保険を掛けていて、その共済からお金が保護者に支払われるんよ。仕組みは社会人でいう、労災保険と一緒やな」

「……知らなかった」

「普通は知らんのよ。やから、担任や養護教諭が説明するんやけど」

「……誰も言ってくれなかったし」

「なん?」

「部活中で顧問が席を外した時の事だったから、自己責任だって言われて」

「責任転嫁やん! 席外すなら、休憩にするとか対処は色々あったやろ」

 災害共済請求は遡って、二年間は請求できるらしいから、去年払った分も返して貰える様に手続きしようと森谷先生は言う。

「そんな事できるの?」

「おん。医師の診断書があれば返還請求できる。それに、手術したなら、見舞金として治療費に上乗せでお金がもらえる事もある」

「ヘえー」

「医師の診断書が必要やけど、それはちゃんと詳しく書かせたるから、心配すんな」

 一カ月の診療代が七万円を超えたら、高額療養費として扱われて、更にお金が戻ってくるはずだから、きちんと手続きしておいた方が良いと教えてくれた。母さんが助かるかも。

「なんで、そんなに詳しいの?」

「養護教諭が窓口になる事が多いからな、ちゃんと勉強しとるんよ」

「そういえば、先生? ナビなしで運転してるけど道分かるの?」

「五年通っているからな、ナビなどいらんわ」

「は?」

「あれ? 言わんかった? 平成大学附属病院って、去年まで俺が働いていた病院やねん」

「ウソ⁉」

「俺は小児科におったけどな」

「……じゃあ」

「整形外科の吉野先生は、俺のタバコ仲間で、病院の隣の建物が俺の出身大学や」

「そうなの?」

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