第26話
夏休みが明けた、九月のある日。
「森谷先生! 大変!」
「泉と長谷部と、誰や?」
見ない顔だった生徒が岩田と名乗る。
泉のクラスメイトか?
「なんや?三人揃って」
「体育の時間に泉が足を怪我して」
応急処置をする為に、急いでベッドに座らせる。
「痛むのはどこや?」
「……左足首」
赤く腫れた左足首に手術痕が見えた。
「もしかして、手術した事あるん?」
「……はい」
「なんで、健康診断の時に言わんかった?」
愚痴が出そうになるが、グッと堪えた。詳しい話は後で聞く事にして、患部を冷やして包帯で圧迫する事にした。
「痛み止めとか持ち歩いてる?」
「……いちおう」
「じゃあ、それ飲んどき」
「くすりイヤ」
「じゃ我慢すんの? これだけ腫れてれば相当痛いはずやで。薬はどこにある?」
「教室のカバンの中」
「岩田、カバンと制服とか荷物一式持ってきてくれん?」
「わかりました!」
岩田を教室に走らせる。古傷の再発なら病院に連れて行かなければいけないと判断した。
「長谷部、いま授業終わった所よな? 授業中の怪我やろ? なんで直ぐ来なかったん?」
「体育の先生に申告したら、サボるなって怒られて」
「はあ⁉ おかしいやろ! 患部の確認が先やん」
「今日の体育、いつもの先生じゃなくて」
「誰だったん?」
「高等科一年のスポーツ選抜クラスの担任」
……岩村か。
「俺も泉のケガの事知ってるから、岩村先生に保健室行っていいか聞いたんだけど、泉はそのまま授業続けさせられて、俺は罰で体育館の外周走らされた」
「あいつ、何時代を生きとんの? 職権濫用の体罰やん!」
怒りをなるべく抑えて、頭の中で考えを巡らせる。去年の春の健康診断の記録には、ケガの既往歴は記載がなかった。そして、入学時の健康診断の記録にも記載はなかったな。
最近調べて分かった事だが、泉はスポーツ選抜で入学している。本人はその事を隠している様だが。
「足首の怪我ずっと隠してたん? スポーツ選抜で入学するには、一般の生徒より厳しい審査があるはずや。怪我の既往歴があれば審査の通過は困難。隠すのは無理やと思うけど?」
「……去年の秋に怪我した」
「手術する程の怪我なのに、保健室には記録がなかった。保健室の先生には話した事あるんか?」
「……ある」
「前任の町田先生に話したん?」
「違う先生に話した」
「森谷先生、その頃は前任の町田先生が妊娠中で、体調不良とかで急に休む事も多くて、学校の他の先生や、非常勤の保健室の先生がいる事がほとんどだったんだ」
「そうか、それはすまん。教師側の連携ミスや。町田先生を攻めないでやって欲しい。妊娠による体調不良は彼女のせいじゃない。フォロー体制がなってなかった、学校側の責任や」
自分が前年に居なかった事が悔やまれる。
「荷物一式、持ってきました!」
「岩田、ありがとう。泉、薬飲んどき。そしたら病院行くで?」
「そんなに酷いの?」
「足首は怪我をしやすい、そして治りにくい。まして、既往歴がある。大事になれば、今後の歩行に影響する。念の為や」
「……でも」
「俺の判断や。体育の授業中の怪我なら、その場にいる体育教師が初動判断を下さなければならない。やけど、岩村先生はそれを放棄した。なんか確執でもあるん?」
「泉、話した方が良いよ」
「……岩村先生は、去年の担任」
「はあ?」
「しかも、ダンス部の顧問だった」
「なんやそれ! 悪質やん! 怪我の理由も既往歴も知ってて放置したんか! しかも、授業を続けさせるとか、生徒の将来を潰す気なんか!」
怒りのあまり、取り乱した事を反省する。今は泉の怪我の処置が先決や。
「……分かった。話してくれてありがとう。そっちは後で何とかする。今は病院行って診てもらうのが先や! どこの病院で手術したん?」
「……平成大学の附属病院」
「整形外科か? もしかして、吉野先生?」
「え? 何で分かるの?」
「有名やん、あの先生」
「予約ないと、診てもらえないらしくて」
「なるほどな。大丈夫、俺に任せとき」
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