第13話

 この学校は、英語教育に特に力を入れている。世界に羽ばたく人材を育てる、その教育方針から、毎日、英語の授業が組まれている。

 英語科目は全部で三科目。

 Reading(外国語を読む)

 Grammer(文法)

 Oral Communication(口頭での意思伝達)

 中でも、オーラルコミュニケーションは外国人講師を招き、生徒にペアを組ませ、二人一組での対話という形をとりながら、英語での意思伝達の方法を学んでいく。


 ――――夢をみた。

 高校生だった頃の自分。

「岸先生! こんにちは!」

「蓮! また来たのか?」

「だって、毎日先生に会いたいんやもん!」

「お前は本当に可愛いな!」

 ……騙されやすい所が、好きだった。

「次の授業は何だ?」

「英語。オーラルコミュニケーション」

「ほー、俺は大学時代、オーストラリアに短期留学した経験があるんだぞ!」

「え? 理系なのに?」

「英語は世界共通語! 地球上、最大の言語なんだぞ!」

「……ふーん」

「おい! その顔は信じてないな? そんなお前に先生がとっておきの英語を教えてやる!」

 デスクに向かい、何かを書き始める。

「ほら!」

 ――――そこに書かれた『831』という文字


「なん? これ? 数字やん。英語ちゃうで?」

「これはな、『I love you』という意味なんだ」

「はあ? 意味わからん」

「『I love you』という言葉は、ぜんぶで8letters(八文字)あって、3words(三単語)並んでいて、そして1meaning(一つの意味)がある」

だから、『831』と書いて『I love you』

「日本でも八月三十一日は『I love you』の日として有名なんだ」

「……短期留学の答えが、これ?」

「お前は本当に夢がないな! 英語圏の人達が行う意思伝達! 言葉遊び! 粋だろ⁉」

「文字打つの、面倒なだけちゃう?」

「これだから理系は!」

「先生も理系やん」

 ……そう言って、笑いあう。

 そんな時間が大好きだった。


 ――――『831』それは、ずっと欲しかった言葉。


 伝えられなかった。

 伝わらなかった。

 伝える事が、出来なかった――――幼い、恋心。


 だから、せめて。精いっぱいの想いを込めて、毎日、毎日、愛しい名前を呼ぶ。

『岸先生』

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