第9話

 ホームルームで伝えられた。今日は避難訓練だって。時間になったら、サイレンが鳴るから、中庭に避難する様に、だって。

 今日は午後から良い天気らしいから。暑いじゃん。また熱中症になったらどうすんだって。

 あ、でも森谷先生の所に会いに行けるか。でも、仕事の邪魔するのはな……。

 今日も安定の堂々巡り。

 先生が気になるって自覚して、色々考えてみたけれど答えはでなくて。

 子供の方が有利って長谷部は言っていたけれど、有利って何が?

 ぼーっとしていたら、いつの間にか授業中。

「泉、先生呼んでる」

「……え、あ、はい」

 後ろから声をかけられた。同じクラスの岩田林太郎いわたりんたろう。熱中症になったと知って、大丈夫かと声をかけてくれた。それがきっかけで仲良くなった。このクラスで初めての友達。

 先生に怒られて、クラスメイトに笑われた。

 ああ、もう、怠いって。

 昼休みが終わって、五限目。予定通り、サイレンが鳴る。

 先生の指示で教室を出る。中庭に出る為に、生徒玄関へ向かう。

 途中で保健室が見えて、やっぱりサボる事にした。

「ねえ、俺、保健室いくから。点呼よろしく」

「オーケー」

 林太郎に言伝して、保健室に向かう。

 保健室の前に着いた。何やら話し声がする。

『ですから! 早く病院行ってくださいって!』

『……でも』

『俺は医者ちゃう。看護師や! しかも小児科! 歯の事なんて分かりませんって』

 ……歯?

 保健室の引き戸を開けて、年配男性が出てきた。背中を丸めて、ちょっと凹んでいる。代わりに保健室に滑り込む。

「せんせー、きたー」

「なん?」

 ……あれ、ちょっと怒っている?

「……どうしたの?」

「事務主任が歯が痛いって、そんで保健室で寝かせろって言ってきてな」

 ……なに、どういう事?

 聞けば、息子さんに貰った電動歯ブラシ使ったら歯が欠けたらしくて。愛の代償とか言って、病院に行こうとしないみたいだ。

「そんなん、保健室で寝て治る訳ないやん。さっさと病院行けって追い返したんや。 避難訓練に顔出せって言われとるのに、邪魔しよるから説教してやったん」

 ……あ、まずいかも。

「そんで、お前の用件は?」

「……えっと、避難訓練だから」

「おん」

「……避難しに来た」

 笑ってごまかしてみる。

「ふざけんな、避難場所は中庭やろ! なんで保健室来んねん!」

「だって、暑い。また熱中症になりそうで怖い」

 素直に言った。これで、ダメだったら仕方ない。

「しゃーないな、エアコン点けたるから、休んでいけ」

「え、いいの?」

「その方が俺もサボれるしな」

「シスター(教頭)とかに怒られない?」

「急患が出たって言えば何とかなるやろ。避難させたる代わりに、口裏あわせろや?」

 こういう所は、ノリが良くて、好きな所。

「なあ、お前誰かに保健室行くって言ってきたか?避難遅れて死んだか、捜索対象になってるんやない?」

「あ、大丈夫。友達に点呼頼んできた」

「長谷部以外にも友達いたんか?」

「今日できた」

「そうか、良かったな。楽しい学校生活のはじまりやん」

「うん」

 避難訓練は無事に終了。でも、林太郎が俺の声を真似て点呼に答えたのがバレて、二人で怒られた。俺は逃げ遅れて、一酸化炭素中毒で死んだ事になってた。

 森谷先生は、その責任を追及されてシスター(教頭)に呼び出された。

 今頃、タバコ吸ってストレス発散してるんだろうな。

 その華奢な背中を思い浮かべた。

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