第10話
健康診断それは養護教諭にとっての一大イベント。高等科だけでも約七五〇人の生徒がいる。
それを一日で実施。たった一人で事前準備しなければならない。
校医の日程調整、実施する部屋のレイアウトの計画、必要物品の調達、器具の準備、協力を要請する教職員への周知、生徒への周知、提出物の管理など……やる事は膨大。
しかも通常の保健室運営の合間に行わなければならない。
このところ、深夜残業が続いている……。
健康診断前日。計画の最終確認を行う。
前任の先生は視力検査、身体測定を担当していた様だが、高校生はまだ思春期に該当する。
女子生徒にとっては、養護教諭とはいえ異性に体重を知られるのは不快だろう。
それを機に、過度に体形を気にして摂食障害を引き起こしたり、周囲の目に怯え不登校につながるケースもあるらしい。
大学時代、養護教諭の専攻課程には男性は自分一人しかいなかった。
学友としては特に問題なかったのだが、ひとたび体形の話になれば、女の敵として扱われた。
だって仕方ない。いくら食べても太れない。医学で解明できないものについては、本人の責任ではない。と、思う。
だから、なるべく問題につながらない様に、熟考に熟考を重ね、最大限の配慮をした上で、様々な検証を行った結果、女性の体育教師に身体測定を依頼する事にした。
自分の担当は、校医の診察結果を書類に書き込む事。
様々なシミュレーションを行い、用意周到ともいえる準備の末、前日を終えた。
――――最大の懸念は、あいつが一日大人しくしていられるか。
健康診断当日。到着した校医を迎えに行き、会場を設営した視聴覚室に案内する。
胸部X線の検診車の到着を確認。担当スタッフへの挨拶。
教職員と流れを最終確認し、配置に着く。何も起こらない事を願う。
健康診断は三年生から順に行う。
高等科の校舎は二階に三年生、一階に二年生、地下一階に一年生。
校舎が傾斜地に建っているので、職員室や保健室、生徒玄関等がある棟とは渡り廊下で結ばれており、スキップフロアとなっている。
だから、地下一階とは言うものの、実質グラウンドと同じレベルにある。ややこしい。
一年生の教室がある地下一階フロアには、グラウンドに続く、通称、裏出口がある。その手前が、職員用の駐車場になっている。検診車をその駐車場の一角に配置した。胸部X線の検査を終えた生徒は、職員駐車場を横切り、第一体育館下にある、通称、中庭口から校舎内に戻り、階段を上り、渡り廊下を渡って、視聴覚室にてその他の検査を受ける。
正直、導線や感染症対策を考えると、広さと換気能力を備える第一体育館がベストだった。
でも、第一体育館にはエアコンがない。そして、体育の授業はどうしても譲れないという体育教師の妨害もあり、計画は白紙。
一日中、体育館内で待機する校医や教職員の事を考えると、エアコンなしは流石にキツい。
苦肉の策で、ある程度の広さと、エアコンが揃っている視聴覚室で手を打った。
……ああ、愚痴が止まらない。
三年生は健康診断も三回目だから、ある程度要領を掴んでいる。スムーズに終わって、生徒の協力に胸をなでおろす。
問題の二年生。前任の町田先生の申し送り事項にあった、最重要要注意人物。
通称、スーパーブラック。……そう、阿部泉。
病院嫌いの泉は、健康診断でダダをこねる。採血は嫌だの、尿検査を忘れただの、挙句の果てには身長を詐称したり、体重測定を恥ずかしがったり。
ありとあらゆる手を尽くして、教師を翻弄する。押さえつけようにも力が強く、そして逃げ足も速い。ホンマ、勘弁してくれ。
そんな事を考えていたら、仕事用のスマホが震える――――画面には『検診車』
おい、健診の最初の項目から問題発生か?
「……はい、森谷です」
『すみません、至急来て頂けないでしょうか? 金髪、ピアスの生徒がX線を怖がって』
「申し訳ありません。すぐに向かいます」
通話を切断して、連絡先から別の教員に電話をかける。
「あ、海斗? すまん、問題発生。シフトSで」
校医に事情を説明し、海斗とバトンタッチ。
その他の教職員に指令を出し、視聴覚室を離れる。
司令塔の自分が持ち場を離れるのはあかんのやけど、学校の危機やから仕方ない。
――――いざ、スーパーブラックとの全面対決へ。
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