第6話

 この学校は、最寄の鉄道ターミナル駅から少し離れた所にある。充実した学校施設を揃える為には、広い敷地が必要だったらしい。通学手段は、自家用車での送迎、自転車、徒歩、様々だが、一番多いのはスクールバス利用者だろう。

 最寄りの鉄道ターミナル駅から、様々な経路で走行し生徒を乗せ、学園の校舎横のバス停迄辿り着く。一般の市民が利用する路線バスも学園の側を通るが、中学高等学校校舎は学園の奥地にあり、市道につながる正門から一キロほど坂道を登らなければならない。

 その点、スクールバスなら路線バスと同じ料金で中学高等学校の校舎横まで運んでくれる。大勢の生徒が利用するから、バス車内は混雑するけれど、朝から一キロ坂道を登るなんて考えただけでも怠い。

 電車のダイヤが乱れた時や、寝坊した時なんかは路線バスを利用するけれど、本当、スクールバスってありがたい。そう思う。

 朝は、どの経路のスクールバスも八時半に学園に着く。そして、帰りは課外授業や部活動があり下校時間がまちまちなので、十六時半から三十分おきに数本のペースで最寄りの鉄道ターミナル駅まで運んでくれる。

 早朝練習、夜間練習のある部活に所属している生徒はスクールバスを利用できないから本当に大変だと思う。


 熱中症で保健室に運ばれてから暫くして、鐘の音で目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていた様だ。

 ベッドの間仕切りカーテンが引かれている。体を冷やしてくれた保冷剤もすっかり溶けて温くなっている。

 額に手を当て、体温を確認してみると大分下がっている様だ。吐き気もしない。

 念の為、ベッドサイドに置かれた温くなったスポーツドリンクを飲み干した。

 間仕切りカーテンを開けると、保健室内に先生の姿はなかった。時計を見ると、十七時を少し過ぎた所。スクールバスのアイドリング音が微かに聞こえる。廊下を生徒玄関に向かう生徒の声もする。

 寝ている間に、六限も掃除もホームルームも終わった様だ。

 十七時を過ぎているから、特別選抜クラスの長谷部も課外授業が終わった頃だろう。今日は生徒会の仕事はあるんだっけ?

 まだ、ジャージのままだし。着替えに教室に帰るか、先生を探しに行くか勝手に動いて良いのか迷っていた。

 保健室の引き戸が開き、先生が戻ってきた。

「おう、起きたんか。体調はどうや? 熱は? 気持ち悪くないか?」

 矢継ぎ早に質問される。

「……あ、だいぶ楽になりました」

「念の為、熱測っとくか」

 そう言って、ガンタイプの体温計を構える。大人しく額を差し出す。

「三十六.六度か。大丈夫そうやな。家まで送ったるから、教室戻って着替えてこい。担任の先生には俺から報告しとくから」

「あの、スクールバスあるので自分で帰れますけど……」

「遠慮すんな。長谷部ももうすぐ来るみたいやし。あいつ俺の車乗る気満々だったからな」

 いたずらな笑みを浮かべて、そう言う。

『長谷部』

 そのワードに胸がチクリと痛む。

 何でかは分からない。でもなんか、寂しい様な、取り残された様な、上手く表現できない。

「どうしたん?」

 不思議そうに顔を覗き込んでくる。だから、近いって。

 何か、この人距離感おかしくない?

 年齢が近いからとかそういう感じじゃなくて、狙ってやっている様にもみえないし。なんて言うか、調子狂う。熱中症で脳みそまで一緒に麻痺しちゃったのかなってくらい。

 胸が痛んだり、寂しくなったり、ドキドキしたり。感情が忙しい。

 ほんと、どうかしてる……。

「……着替えてきます」

 そう言って、保健室から離れた。

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