第5話

 本日の五限目は体育。昼休みもそこそこに切り上げて、ジャージに着替えて第一体育館へ向かう。何度も言うけど、この学校は備品の指定が多い。校舎内で履く内履きの他に、体育館を利用する時に履く体育館専用シューズが必要だ。

グラウンドを使用する際に履く外履きも買ったし。通学はローファーだし。成長期で足のサイズが変わる度に、四足買い替えなきゃいけないから経済的に大変だ。部活で   スパイクシューズなんか必要な奴は更に大変だと思う。

 更に細かく言うと、講堂を使用する行事の際は、ローファーで校舎から敷地内を移動し、ホール内は内履き。もう嫌!

 体育は大体、二、三クラス合同で行う。今日は長谷部のクラスと一緒。バスケだって。

 適当に体を動かして、汗もかいて。気分は良いんだけど、とにかく暑い。何で、学費が高い学校なのにエアコンがないんだ。どこにその金使ってんだ。

 体育館を見渡しても、窓を開けて大型扇風機で空気をかき回しているだけ。全然気休めにもならない。ダメだ、頭がぼーっとしてきた……。

「泉、顔赤いよ大丈夫?」

「蒼太、何とか平気……」

「熱中症とか怖いじゃん。具合悪いなら早めに保健室行きなよ」

 保健室、そのワードを聞いてドキッとした。森谷先生とこの前、話をした。あれから、他の先生に小言を言われてもあまり気にならなくなった。ちゃんと分かってくれる人がいるのってこんなに心強いんだって思ったから。

 だから、逆にかっこ悪いところとか見せたくなくて。なんで、こんなモヤモヤするんだろう。

 何度目かの試合を終えて、コートの隅で蹲る。本格的に具合悪くなってきた。

 頭が痛いし、体が熱い。何か吐き気するし……。

「泉、保健室行こう」

 様子がおかしい俺に気づいてくれた長谷部が先生に申告して、許可をとってくれたらしい。保健室まで肩を借り、何とか辿り着いた。

「失礼しまーす。森谷先生、体調不良一名連れてきました」

「おう、って、またお前か。どうしてん?」

「何か熱ありそう」

「ベッドに座らせてやってくれん?」

「了解でーす。ってか、保健室エアコンあるんだ。森谷先生一人でずるいよ」

「しゃーないやん。養護教諭は俺一人。俺が倒れたら皆が困るからな。労わらな」

 ふざけながらも、ガンタイプの体温計で熱を測ってくれる。

「三十七度か、熱中症やろうな。熱以外の症状は?」

「頭痛い、吐き気する……」

「吐いて自力で水分取れないとなると、病院で点滴になるで? どうする?」

「病院やだ……」

「はいはい。とりあえず、応急処置したるから横になれや」

 先生は、デスクに向かって何やらメモを書いている。そのメモと時計を外して長谷部に渡す。

「必要な物メモしたから、悪いけど購買で買ってきてくれん? 電子マネー入ってるからそれで会計して」

「了解でーす。泉、ちょっと待っててねー」

 そう言って、長谷部は保健室を出て行った。

 森谷先生と二人きり……、気まずい。

 冷凍庫から何かを取り出して、体の上に配置していく。冷たい、でも気持ちいい。

「体冷やして休めばよくなるから」

「……ごめんなさい」

「何で謝るん? 体育館にエアコン付けない学校が悪いんよ。後で、シスター(校長)に文句言っとくわ」

「先生―、買ってきたー」

「おー、さんきゅー」

 ビニール袋を受け取って、そこからペットボトルを一本取り出して差し出した。

「ほれ、ちゃんと飲め。冷蔵庫にもストックしておくから、遠慮すんな」

 渡されたスポーツドリンクを飲む。優しい味が体に染みる。

「ほれ、長谷部。お前も飲めや。お使いのお礼や。どうせ、あと十分で五限終わるし、遠慮せんとエアコンで涼んでいけば?」

「先生ありがとう。ってか、それで本数多かったの? 重かったんだけど」

「人助けや。命の重さだと思って我慢せーや」

「はいはい」

 先生と長谷部の会話をぼんやり聞きながら、また、心はモヤモヤしていた。仲良いな、とか。名前覚えてもらっていて羨ましいなとか。

 ……ていうか、羨ましいって何?

「泉、熱下がるまでここで寝とき。俺、車通勤やから帰り家まで送ったるわ」

「えー、先生。どんな車乗ってんの?」

「長谷部も一緒に帰るか?」

「よろしくお願いしまーす」

『泉』

 初めて名前呼ばれた。嬉しい。顔に熱が集まる。悟られない様に、そっと顔を背けた。これは、重症かもしれない……。

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