第4話

「さっき、職員室に呼び出された。髪色、元に戻せって、あとピアス取れって」

「あー、さっきの至急の呼び出し、お前だったんか」

「成績良ければ髪染めても文句言われないのに。それに、部活で成績残せば裏でタバコ吸っても見ぬふりされているのに……」

「学校の知名度を上げてくれる生徒は教師にとってお客様なんよ」

「お客様?」

 成績上位者は名門大学への進学が期待できるから、学校の知名度が上がる。スポーツ選抜クラスの生徒は、外部の大会なんかで好成績を上げてくれれば、学校の知名度が上がる。より優秀な生徒を学校に入学させる事ができるんだって。

「公立高校は税金で成り立っているから、格差は起こりにくい。でも、私立高校は、税金で運営している訳じゃないから、より沢山の学生を集めて学費を払って貰わないと学校経営がなりたたんのよ。だから学費免除制度なんかで、お客様をもてなして、それに憧れる一般の生徒を多数入学させて学費を頂くシステムになるんやな」

 お客様の機嫌を損ねて、不登校になったり、退部されたら学校として損失なんだって。

「教師の全員とは言わないが、どうしてもお客様を優遇してしまう傾向にある」

「納得いかないです」

「そうやろうな。でもな、お客様側も被害者であるんやで」

「好き勝手やってて、何の被害を受けているんですか?」

「学費免除を受ける為には、成績を落とせない。模範でいないと教師が相手をしてくれない」

 スポーツ選抜だと特に、部活と勉強の両立が必要になる。どちらかだけでは認められない。苦しんで、折角大好きなスポーツを選んで入学したのに、スポーツ自体を嫌いになって部活を辞めてしまう生徒が毎年一定数いる。先生は、そう話した。

「自主退学者もスポーツ選抜クラスに多いな。だから、蔑ろにされているのは生徒の心の方なんやと俺は思っとる」

「心までケアしてくれる先生はこの学校にはいませんでした……」

「……そうか、辛かったな」

 私立高校は教員の人事異動がほぼないから一度苦手になったりすると卒業までずっと目を付けられることもあるらしい、と耳の痛い話が出た。

「教師って言う職業はな、生徒に成績っていう評価を付けなければならんのや。だけど、教師もさらに偉い年配教師に成績を付けられとるんや。教師も人間やからな、優秀な生徒を輩出した数で自分の成績が決められるものやから生徒の成長に寄り添うなんて綺麗事なんや」

「……そうなんだね」

「生徒からしたら、そんな大人の都合なんて知るかって感じやろ?」

「……まあ」

「金髪、ピアスでも、それがモチベーションになるのなら俺はそれでいいと思う」

「先生がそれ言っちゃっていいの?」

「ちゃんと元気に学校に来てる。そんで、学校生活を楽しんでる。十分、良い生徒だと思わん?」

 思わぬ話の展開に呆気に取られていると、更に先生が言葉を続ける。

「学校生活の想い出は、一生モノや。勉強だけでも部活だけでもダメ。なにより楽しかった、卒業時にそう思える事が一番や」

「そう思えると良いんだけど……」

 今の俺には一番難しい事だと思った。

「学校生活で困った事があった時、無意識に皆、保健室に来るんよ。なんでだと思う?」

「落ち着くから?」

「それもある。保健室の先生っていうのは学校で唯一、生徒に成績を付けない人間なんよ」

 驚いた。そういえばそうだ。担任の先生と違って、保健室の先生には、成績を付けられた事がない事を思い出した。

「つまり、一人の人間として見てくれる存在。生徒にしたら、味方となりうる先生。生徒も分かってるんや、無意識にな」

「森谷先生は、生徒の味方になる為に保健室の先生になったの?」

「俺の場合は、そんな大層な理由ちゃうよ。不純な動機」

 そう言って、ケラケラと笑う。笑顔が良く似合う先生だ。だけど、真面目な顔をして言った。

「なあ、明日もちゃんと学校来いよ? 金髪、ピアスのままでええから」

「いいのかな?」

「それがお前の信念なら、卒業まで貫き通せ」

 信念、そういう理由ではないけれど怒られるのを覚悟で髪を染めたのを思い出す。

「大体、金髪を元に戻せって言うなら、金髪の外国人留学生が黒髪に染めた時に元に戻せって言うんか? って話やん」

「確かに」

「次に髪色を注意されたら、年配教師の白髪染めも元に戻して手本を見せろって言ってみ。絶対、黙るはずやから」

「ちょっと、笑わせないで」

「やっと笑ったな。ほら、ワイシャツ乾いた。いつまでも半裸でいないでさっさと服着ろ」

「先生のせいじゃん!」

 学校の先生は信用ならない。そう思っていたけど。つまらなかった学校生活、何かが変わりそうな小さな予感――――そんな、運命の出会い。

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