第3話

 ホームルームが終わる頃には、森谷先生の言った通り鼻血は止まった。

 今日は始業式とホームルーム、オリエンテーションだけ。午前中で終わる。

『高等科二年A組 阿部泉。至急、職員室に来なさい』

 早く帰ろうとした傍から校内放送。高校二年生の初日から、職員室に呼び出しをくらう。

 理由は分かっている、金髪に染めた髪、両耳のピアスの事だろう。

 この学校はとにかく規律にうるさい。

 制服、通学カバン、ジャージに靴下まで校章入りの指定品。

 女子のスカート丈もヒザ下十センチ。それより長くても、短すぎても注意される。

 靴下の丈も決まっている。スカート丈とのバランスがとれて制服が美しく着こなせる様に設計されているとか。

 自分がこの学校の校風に合わない事は分かっている。じゃあ何で入学したかと問われると、家庭の事情としか言えないけれど。

 服装の乱れは心の乱れとか言って。でも、成績が良い奴には特に注意しない。部活で結果出している奴には、やんちゃしていても文句言わない先生たち。

 世の中不公平だ。ああ、イライラする。

 呼び出しに応じて、職員室に行き、生徒指導の先生にこっ酷く怒られた。

 職員室を出て、階段を下りる。生徒玄関に向かう途中に保健室がある。

 何となくだけど、誰かと話したくて。今朝の鼻血のお礼も兼ねて、保健室に立ち寄る事にした。

「失礼します」

 そう言って引き戸を開ける。

「はーい」

 軽く返事をした森谷先生は、白衣を着てメガネをかけていた。

 なんか保健室の先生というか、コスプレしているみたいに見える。

「鼻血止まったんか?」

 そう言った表情は笑っている様に見える。ていうか、覚えてたんだ。

「あ、はい。ありがとうございました」

「花粉症? 症状酷いなら耳鼻科行った方がええで」

「いえ、病院は……」

「なん? 病院嫌いか?」

 何も言葉が紡げない。

 先生は丸椅子を指さして「座われ、そして、ワイシャツ脱げ」と言い出した。

 突然の事にうろたえる。

「ワイシャツの襟に血液のシミがついとる。シミ抜きしたるから、早く脱げ」

 抵抗むなしくワイシャツをはぎ取られた。代わりにブランケットをくれる。準備がいい。

 何か手に持って、作業している。

「先生、何それ?」

「超音波ウォッシャー。ハンディタイプのシミ抜き器や」

「シミ抜きも保健室の先生の仕事なの?」

 森谷先生は、猫ひげ作って豪快に笑いだした。

「ちゃうって、たまたまや。血痕つけて帰ったら保護者が心配するやろ?」

 保健室の先生になると言って前の職場を退職する時に、ママさん先輩達から超音波ウォッシャーをプレゼントされたらしい。

「子供はすぐ鼻血だしたり、転んで服汚したりするから洗濯が大変なんだと」

「……高校生です」

「俺もこの学校のOBやからな、制服一式が結構な値段する事ちゃんと分かっとるよ」

「ワイシャツまで校章入りの指定品ですからね」

「伝統校やからな、制服もずっと変わっていないらしいで。流石に夏の体操服は短パンからハーフパンツになったらしいけどな」

 話している間に、シミ抜きは終わったらしい。ワイシャツをハンガーにかけて、窓際に干す。

「今日は天気がいいからすぐ乾くやろ。乾くまでの間、雑談でもしようや」

「え?」

「ずっと、何か話したそうな顔しとるから」

 何で、分かるんだろう……

 でも、歳の誓い男の先生って、この学校にはいなかったから。

 兄弟感覚で分かってくれるんじゃないかって、期待を込めて、話をしてみる事にした。

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