約束

那智 風太郎

プロローグ

 最近、毎日のように同じ夢を見る。


 見覚えのある寂れた商店街の入り角。

 そこに一人の少年が立ち尽くしている夢だ。

 歳の頃は七、八歳といったところだろうか。

 彼の前髪は目蓋を覆うほどに長く、夢であるせいか輪郭もぼんやりと滲んでその表情を窺い知ることができない。また足首まで丈のある白いガウンのような着衣を羽織っており、セピア色に褪せた背景の中でそれが存在感をさらに希薄にしているように思える。

 背筋に怖気が走り、見ないフリをして通り過ぎてしまおうかと思う。

 けれど云い知れぬ使命感に駆られた私は少年に声を掛けるのである。


「ねえ、キミどうしたの」


 すると血の気のない真っ白な顔が微かに上向く。

 そして前髪の隙間から白眼がちな瞳が覗き、次いで少年の糸のように細い口がうっすらと歪んだ。


 一緒に……あそぼ……。


 鼓膜を震わせる雑音混じりの無線通信のような声は悍ましさを感じさせる。

 けれど夢の中の私は顔を背けることすらせず平然と頷くのだ。


「いいよ」


 するとその言葉に少年の唇がさらに大きく歪み、次いで耳まで大きく裂けた。

 そして真紅の血液がひとすじ滴り落ちる。


 まって……る……から。

 約束……したから……ね。


 夢は自分の悲鳴に切り裂かれてそこで終わる。

 私は鼓膜にこびりついた少年の声を振り払おうと耳を押さえて何度も頭を振る。

 そしてこんな夢、もう二度と見たくないと低く呻く。


 けれど……。


 私は両手を耳から離し、天井を見上げてため息をついた。


 けれどきちんと向き合わなければこの夢に一生囚われ続けるのではないだろうか。


 気がつくと私は郊外電車に乗り、子供の頃に暮らしていた街へと向かっていた。



 電車を降り、ノスタルジックな外観の駅舎を抜け、ロータリーを左に回り込むとそこに懐かしい風景があった。

 それは横断歩道から繋がった幅広の橋の向こうにまっすぐに伸びていく一本の細い道。


 通称、三津浜商店街。


 かつては三津浜銀天街とも呼ばれ、昭和の中頃まではこの通りにたくさんの商店が連なって賑わいを見せていたらしい。けれど今はその隆盛は見る影もなく、設えられていたアーケードも取り去られて商店街とは名ばかりの閑散としたシャッター通りと化している。


 歩行者用信号が青に変わり、カッコウの声に促されて横断歩道を渡る。

 そして橋を渡り切るとわずかな下り坂に次いで石畳風のタイル道が見えた。

 私はそこで立ち止まり唾をひとつ飲み込むと、夢の中で少年が立つ場所にゆっくりと目を向けた。

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