第3話 神と共に新しい道を生きていく

 私はその話を聞いたとき、私は神と共に生きなければならないと強く確信した。

 

 イエスキリストは神のひとり子として、この世に降臨され、人類の罪(エゴイズム)のあがないのために、処刑道具である十字架にかかって下さったのである。

 そのイエスキリストを信じるだけで救われる。

 この話は、小学校時代、教会で牧師から聞いた話である。


 私はなんだか、天から地獄に一本の細い蜘蛛の糸が降りてきたような気がした。

 この糸を辿って生きていけば、私は天国に行けるかもしれない。

 まさに神からの救いの糸ではないか。


 元レディース中里ゆりは、現在は結婚して三人の子供がいるが、自らの体験を活かして少年院に講演に行って活躍している。

 また、高校へは入学していなかったので、高校認定を取得した後、通信制大学を卒業したという、努力家でもある。

 

 そうか、中里氏のように自ら更生を果たし、他の人をも更生に導く生き方もあったのか。

 私は中里氏が、地獄に輝くマリヤ様のような存在に見え、ガゼン勇気が湧いてきた。

 中里氏曰く「人は変われる。幸せにもなれる」

 その言葉が心の支えになっていくようだった。

 そうか、今までの私は自己保身ばかり考えているエゴイズムだったが、人の役に立つ生き方をしていきたい。

 私だからできることがある。いや私にしかできないこともある筈だ。

 今の職場であるコンビニで、少年院出身であることが暴露しても、それはそのときのことと、覚悟を決めるしかない。

 私は小さなクロスのネックレスを握りしめながら、目に見えない神に祈るようになった。


   「主の祈り」

 天にまします我らの父よ

 願わくは御名をあがめさせたまえ

 御国を来らせたまえ

 御心が天になす如く 地にもなさせたまえ

 我らの日用の糧を今日も与えたまえ

 我らに罪を犯す者を我らが赦す如く 我らの罪をも赦したまえ

 我らを試みに合せず 悪より救い出したまえ

 国と力と栄とは限りなく汝のものなればなり

 アーメン


 我らの日用の糧というのは、その日一日に必要なものである。

 明日のことを考えて、買いだめしても、明日になると必要がなくなってしまうかもしれない。

 旧約聖書の神は、食べ物がなくて困っているとき、天からマナを降らせてくれた。

 マナというのは、マシュマロのようなもので、特に美味しいといった食べ物ではないが、それは今日限りで明日になると、溶けてなくなってしまう。

 神は、一日において必要に応じて、マナを与えて下さるお方である。

 罪というのは、人間が誰しも持っているエゴイズムのことであるが、やはり自分も状況が変わると、自分のことしか考えないエゴイストになってしまう。

 だから、人を赦さねばならない。

 実際、赦した方がラクだという。憎しみの気持ちを持ち続けていると、自分の神経がやられてしまう。


 我らを試みに合せず 悪より救い出したまえ。

 私はその御言葉を聞いたとき、小学校の頃、牧師から聞いた画家の話を思い出した。

 ある無名の画家がいて、天使の絵を描きたいと思い、モデルにやる天使のような子供を探していた。

 天使のイメージにぴったりの子供が見つかったので、早速その子供をモデルとして天使の絵を描いた。

 この天使の絵は、爆売れであり、一躍、有名画家になった。


 それから十数年後、その画家は悪魔の絵を描きたいと思い、悪魔のモデルを探していた。

 そうすると、悪魔のイメージにぴったりの人物が見つかったので、その人物をモデルに悪魔の絵を描くと、これまた爆売れになった。

 しかし、画家がそののち知ったことであるが、十数年前描いた天使のモデルと、現在描いた悪魔のモデルとは、なんと同一人物であったという。


 そういえば、悪魔はルシファー(堕天使)だという。

 天使が神のいいつけに背いた結果、堕落してしまい悪魔になったという。

 だから、悪魔は天使のようなやさしく、無邪気な部分があって、人間はそこに魅かれるという。

「悪魔はいつも光の御使いのようなやり口をする」(聖書)

 人が暗い気分で、困っているとき、天使のようなやさしい言葉で、人を誘惑し、悪の方向へと堕落させる。

 まるでワル男と同様である。

 しかし、女性はワル男の表面的なやさしさの演技を愛と勘違いし、まるで抜けられないドツボにはまったように、ワル男のいいなりになってしまう。

 行きつく先は、売春なんてことになりかねない。


 私がふと、そんな考えにとらわれていた。

 コンビニ勤務の一か月後、私は仕事帰りに、コンビニの店長に誘われ、商店街のとなりにある小さなカフェに誘われた。

 最近、店舗改造したばかりの小さなカフェであり、四十年前のポップスがBGMとしてかかっている昭和レトロを感じさせる落ち着いた店である。

 

 店長は、疲れ切った顔を隠そうともせず

「君はたいへんよく働いてくれている。特に掃除はプロ級だね」

 本当は、少年院では掃除が日課だったから、細かい所の頑固な油染みを落とすのは得意だったんですよと、心の中で頷いたが、世間体を取り繕うために

「まあ、家事は好きな方ですので」とあたりさわりのない笑顔で応対した。

 すると店長は、急に声を潜め

「最近のことだが、この店に深夜バイトのなかにドラッグ容疑をかけられている人がいるなんていう、良からぬ噂が流れているようなんだよ」

 私は思わず、答えた。

「そういえば、私は先週の日曜日、自転車をぶつけられたんですよ。

 こちらが普通のスピードで走っているのにも関わらず、猛スピードで走って来る自転車がいて、すみませんとあやまると、相手の中年男性は、わけのわからないことをわめきだしたんですよ。あれは、ドラッグ中毒なのでしょうかね」

 店長は、興味津々な表情で私の話に聞き入っていた。

「私が警察に行きましょうというと、その中年男性は、自転車から降りてきて、うつろな目つきで、

『ワシは警察に顔が利くんじゃ。ワシにかかれば、警官はワシの言うことを信用して、話が大きくなり大ごとになってしまうぞ。

 おい、お前なんじゃあ、その目つきは、うつ病か? お前、土下座せえや』などと言うんですよね。

 それを見ていた近くの人がスマホで警察を呼んで下さったんですよ。

 その男性は、警官の姿を見るなり逃げだしました」

 店長は、いくぶんほっとしたような表情で、

「暴力を振るわれたりしなかった? 最悪の場合、被害妄想が嵩じて、刃物をもっているケースもあるよ。

 あっ、刃物といっても、銃刀法違反となる刃渡りの大きな刃物ではなくて、果物ナイフやカッターナイフのケースが多い。」

 私は、納得しながら話を続けた。

「私は、ことの始終を警官に話すと

『警察に知り合いがいようといまいと、そんなことは関係ない。

 その男は、警察につかまり慣れてるんじゃないか。

 それに大衆の面前で土下座しろとは無茶苦茶な話だな』

と呆れたように言ったので、私は一礼して去って行ったんですよ。

 しかし、ドラッグをしている人って、やはり独特の目つきですぐわかりますね」

 店長は、話を元に戻した。

「うちの店でドラッグをしているというスタッフがいるという噂が、たとえ本当であっても、僕はそういった人を見捨てたくはない。

 なぜなら僕も、昔、だまされてシンナーを吸引したことがあったからだ。

 仲間にさそわれるまま、これをすれば頭が良くなるなんて言われて、シンナーを吸引したことがあったからだ。

 僕だけ仲間外れになるのが怖くて、誘われるままに一度だけ、吸引してしまったが、そのあと、吐き出してしまった。

 あっ、この話、とっくに時効だけで内緒だよ」

 私はいくぶんほっとしたような気分だった。

 店長も私の同類とまではいかないが、覚醒剤をしていた私の気持ちを、百分の一ほどわかってくれるような希望が生まれた。

「もちろんですよ。まあ、誰でも一度はある、若気の至りですね。

 でも、一度で辞められてよかったですよ」

 店長は、想定外の話をした。

「そこでだ、もし君の知り合いにドラッグから更生したという人はいないだろうか? もし存在していたら、話を聞いてみたい」

 私は、一瞬ドキリとした。

 ひょっとして店長は、私の覚醒剤から女子少年院に入院していたという過去を知っていて、その上で言っているのだろうか?

 前から気になっていたが、店長は私の元彼の裕貴と同じ苗字である。

 もしかして、裕貴の親戚だったりして。


 とりあえず私は、内心ドキドキしながらも、精一杯平静を装い

「まあ、私の知り合いにそういう人がいなくはないですよ。

 本人から直接話を聞いておきます」

と笑顔で返答して、その場をなんとか取り繕った。


 後日、私は店長に呼び出され、再び以前の商店街の隣のカフェで待ち合わせをした。ふと看板を見ると「coffe132」と記されていた。

 三歩進んで二歩下がるという意味なのだろうか?

 ふと、昔流行った演歌を彷彿させるような、店名である。

 

 店長には、私から覚悟を決めて、口火を切った。

「実は私、一年前まで覚醒剤で女子少年院に入院していたんです。

 まあ、このことが原因で解雇されても、仕方がないですね。

 いずれ、発覚する前に自分の方から、通告した方がラクだと思いまして、今ここで覚悟を決めて、正直に通告しました」

 店長は静かに語った。

「そうだったのか、実は僕も昔、暴走族とまではいかないが、それと似たような時期があったんだよ。

 今、教育番組に出演している中里ゆりも、その頃の知り合いだよ。

 まあ、もっとも彼女は今はすっかり更生して、自分の体験を活かして少年院に講話をしているがね」

 もしかして、中里ゆりが私の入院していた少年院にも講話をしにきたことを、知っているのだろうか。

 

 

 


 

 

 

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