第7話 記憶

 私はその番号が唐突に出てきた。それはまるで詩奈の名前を当てた時のように。まさか。

「そうだ。47番……今は人間界にいる」

 私は頭がおかしくなるような、そんな感覚に襲われる。思い出すべきなのか、はたまたそうではないのか、その決断をしなければ。けれどもそれを受け入れなければ、私は一歩も進めない。私はそれを拒んではいけない、と覚悟を決めた。


 ――私の前世は南芳人、という人間だった。彼女と出会ったのは約20年前、私は大学生で、趣味は登山だった。休日を使って山に登っていると、中腹のところで気絶している女性を発見した。私が彼女を少し強く揺すると、彼女はパチッと目を覚ます。

「あれ、ここは……」

「山の中ですよ。〇〇岳です」

「〇〇岳」

 彼女は山行きにしてはあまりにも貧弱な恰好をしていた。正直死ぬ気なのか、と疑うほどには。

「大丈夫? 病院行こうか?」

「ありがと。でも、大丈夫……」

 と彼女は立ち上がったが、しかしすぐにばたりと倒れてしまった。少々悪いと思って彼女の体の傷を確認したが驚くほど何もなかった。そして別のことに気づいた。土で汚れて気が付かなかったが、彼女の背中には真っ白な翼が付いていた。ひとまず私は彼女に自分の予備の服を着せて背負いながら一人暮らしの家で彼女を寝かせた。


 数時間程彼女は目を覚ました。

「あれ、ここは……」

「覚えていませんか? あなたは〇〇岳でその状態でいて、私が連れてきたんです」

「病院は連れていってませんよね?」

「ええ、あなたが一度目を覚ました時、『病院はダメ』って言ってたので」

「まあ、分かりますよね。その理由」

「その翼」

「私は天使なんです。ヘマ、しちゃいましたね」

「何があったんですか?」

「突風に巻き込まれましてね。〇〇岳に衝突しちゃってこのザマです」

「そりゃあ……気の毒にしか」


 彼女は私の服を借り、乾燥が終わるまで自宅にいさせてほしい、と頼んだ。別に私も特段断る理由も無かったし、追い出すのも申し訳ないので彼女と一日一緒に過ごすことにした。

「ねえ、あなたの名前教えてよ。命の恩人だから知りたいし」

「命って……。そこまでじゃないよ。というか天使って死ぬの?」

「10000年生きているヤバい天使もいるよ。でも普通は5000年ぐらい? 神様はもっと長生きだけどね」

「いや、それもだいぶおかしいと思うけど」

「別に不老不死って訳じゃないってだけ。時間感覚は年齢を重ねれば加速度的に短くなるの。だから感覚は人間と変わらないかもね。それで名前は?」

「ああ、名前は南芳人。君は?」

「名前……ああ、実は無いんだ」

「じゃあ何て呼ばれてるの?」

「番号でね。D48の47番って」

「ふーん。47番ね……ヨンナナ、シーナナ、あ、シイナ」

「シイナ?」

「うん。シイナって47をちょっと読み方変えてみたんだ。どう?」

「シイナ……良いね。ありがと」

「そうだ……」

 私は机に置いてあったメモ用紙に「シイナ」に相応しい漢字を充ててみた。

「漢字は詩奈、どう?」

「うん。ずっと大事にするね」

 彼女は「詩奈」「詩奈」とそれを嬉しそうに何度も唱えていた。


 ――私は彼女と20年程前に出会ったことがある? そして私は彼女に名前を付けた? 頭がおかしくなる。では私の記憶は何だというのだ? 私の年齢は人間換算では22、3だが、一応1200、300はあるはずなのに、どうして。

「思い出したか?」

「確かに思い出しました。が、どうしても腑に落ちぬ点があるのです。大変恐縮なのですが、私は一体何者なのですか」

「そうであろうな。よく聞くのだ。243番、もし373番に理解できない箇所があれば教えてやれ」

「ははっ」

「それで……だ。47番は罪を犯し、審判の結果人間界に堕ちることで済んだ。こちらの世界は少なくとも20000年出禁になった。横槍を入れたわけでないから。けれども問題が起きた。前世の君だ。君が人間界にいれば47番にとっては罰にはならない。恐らくどこかで磁石のように出会ってしまうだろう。どうしたものか、と考えているうちに君が自殺してしまった」


 私はその理由を思い出した。それは前世の彼女と一緒に食卓を囲んでいた時のことだった。

「あのさ、次いつ来れるか分からないけど。絶対に月に1回は行くからさ。もし月に一度も来なかったら、その時は多分私が死んだ時だと思う。ごめんね」


 彼女はそう言っていた。その時は何かの冗談だと思っていたが、現実としてそれが起きてしまった。多分そんな世界を生きるなんて私にはできなかったのだろう。

「本来は自殺というものは地獄行きだ。それは分かるね? しかし天使の方に召し上げてしまえば罪から生まれる惨劇はもう起きないと、思って前世の君を天使に転生させたんだ。そして君をこの職務につけた。……多少の不安はあったさ。47番と同じ仕事だから。でも好都合だとも思った。正しく刷り込みさえすれば大丈夫、と楽観視していた」


 最高神様は少し話し疲れたのか体を動かしていたようだった。

「そしてもう一つ私は373番、君に鍵をかけた。その前に、だ。少し哲学的な話をしようじゃないか。243番も少し考えてみてくれ。もしこの世界が……例えば5分前に作られたものなら?」

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