第6話 罪

 ついに一線を越えてしまった、とみられてもおかしくない行動を取った。人間様に贈り物をし、キスを受け入れ、そして愛の言葉を告げた。十分天使として罰を受けるに等しい行動を取ったのだ。でも何の後悔もしていない。彼女さえ無事であれば、私は地獄で数千の責め苦を受けようが構いやしない、そう思える。私はそんなことを考えながら市街をぶらぶら飛行していた。最後に彼女の姿を一目見ようとした。彼女の部屋の窓はまだ閉まっていなかった。私は悪いとは思ったが彼女の姿を眺めることにした。


 彼女は泣いていた。ネックレスを握り、涙が机の上に数滴こぼれている。

「ミナミ、大好きだよ、大好きなのに、どうして……」

 え、と私は言葉を漏らす。まさか彼女がそんな姿をしているとは思っていなかった。彼女はずっと我慢していたのだ。そしてそれを発散している所を見てしまったのだ。私は茫然自失としていた。

「ねえ、詩奈―。おやつ食べないのー?」

「あ、あ、うん。今行くよ。窓閉めとかなきゃ」

 彼女が近づいてくる。私はそこから逃げ出した。高く、高く、自分の出せる最高速度で、私は空を駆ける。


 自宅に着いた私は酷く今までのことを後悔した。自分という存在が、いかに彼女を苦しめていたのか、ということに。もし天命とはいえ自分が生まれていなければ、失態を犯さなければ、彼女は別の人間様と順当に赤い糸を結ぶことができたのかもしれない。私たちは恋をしてはいけない、とあれほど分かっていたというのに彼女を受け入れてしまったのだ。


 本部に訪れた私はそこで統括さんに呼び止められた。

「やあ373番君。いやミナミ……の方が良いかい?」

「え?」

「ちょっと聞きたいことがあってね。近々の仕事が無ければ、私の家まで来てほしいんだけど」

「分かりました」


 彼は高く飛び上がり、私もそれに続いてフライトを始める。一体どこでバレるような行動をしたのだろうか。いや、思い当たることがありすぎる。それでも彼女を失いたくない、という想いだけ募っていく。

「さて、まあ話はコーヒーの後で良い。君は飲める人かい?」

「ええ」

 彼の家はいかにも「できる人」の家で、実際本部勤めだからエリートなのだが、青と黒を基調とした部屋の中、静かにコーヒーを注いでいた。

「ま、早速本題なんだけどね。僕たちの仕事は分かるかな?」

「もちろんです。恋愛感情を持つ存在……、神様や人間様、それから天使の赤い糸を結ぶ、というものです」

「正解だね。だから頭のいい君ならわかると思うけど、一目惚れして本来あり得ない結び方をしたらどうなるかな?」

「世界の均衡が……崩れます」

「そんなところだね、100点満点だ。あのバードストライク事故からなんだか君の姿がおかしかった、という報告があったんだ。感情が以前より豊かになったり、後は振り分け以外の仕事を引き受けたり、ね」


 彼は少しだけコーヒーを口に含み、そして天井を見上げた。

「君は、その禁忌を犯した。その罪と罰は知っているだろう」

「ええ」

「ある天使、その天使は君も1度や2度見たかもしれない。その天使が人に恋に落ちた、という事件は知っているよね。僕が統括になる少し前のことかな」

「あ……」


 確かにそういった天使がいた。番号こそ忘れてしまったが女性の天使で、人間様と恋をした罰として天使の世界を追放され、人間様の世界に堕ちた、と。そして彼が暗に示していることは私の末路だ。私はただカップに映る自身の姿を見るよりなかった。彼はまた自分のこれからを静かに語る。

「僕も最大限の弁護はする気だ。君の働きはいつも見ていたからね。ただ、少なくとも天使界を追放されることは間違いないだろう。それは覚悟してくれ」

「統括さんは……恋愛感情を持ったことは無いんですか」

「無いね、それが規則だから。でも君には同情するよ。みんな同じ天使として創造されたのに、恋愛が禁止だなんて設けるんだからさ。でもその禁止事項は理解できるだろう? そうしなければ世界の理が崩れるのだから」

「そうですか」

「そのコーヒー飲み終えたら一緒に行こう。どうなるかは正直分からないけれど」

「分かりました」


 私は彼の手を煩わせないようカップを傾け、彼の家を出発した。自分にどんな罰が下るのかは分からない。良くて追放、最悪地獄行きだ。審判は最高神様直々に行われるようで、そこでの決定は絶対だ。

「着きましたよ」

 私は彼の隣、下を見ながら歩いていた。少なくとも私はそれを全て受け入れる義務がある。それは最高神様の被創造物である者の使命なのだから。


 その宮殿の中、しばらく歩いていると大きなベール越しで1つの影と相対する。私と彼はともに跪き、その声を待つ。なお、本来最高神様は私たちには一切知覚できないのだが、最高神様の「思いやり」で私たちの理解できる範囲まで次元を落としてくださっている。

「君がD48所属の天使373番で、その隣は天使243番だな?」

「左様でございます」

 最高神様の前では最大限の敬語がすらすらと出てくる。私はこのお声を数十年ぶりに聞いた。それは天使としての認証式だろうか、その時ぶりだ。

「373番はその職務の命に反し、人間と恋愛関係を持った、と報告を受けたが本当かな?」

「はい」

 私は正直に答えた。天使の心を最高神様が読めるかは分からないが、ただ嘘をつく理由も全く無いからだ。

「それは間違いありませんが、373番はいつも忠実に職務を遂行しております。また部下の責任は私の責任でもあります。どうかご考慮くだされば」

「ふむ」

 最高神様は少しの時間考える素振りを見せ、

「因果なものだな」

 そう呟いた。

「さて、373番。君にはいくつか知るべきことがある。君と深い関係にある天使。それは」

「47……」

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