第3話 共同生活

「そりゃ難問で」

「考えてみたら多分分かるよ。下の方ね」

 そう煽られてしまったからにはきちんと答えざるを得ない。椎名、だろうか。それでは名前としても少し変だ。

「椎の木の『椎』に奈良の『奈』で『椎奈』?」

「ブブー。ま、惜しいんだけどね」

 惜しい、ということはどちらかが合っているのだろう。しばらく考えているうちに自然とその答えが思い浮かんできた。

「まさかだけど詩人とかの『詩』で『詩奈』?」

「ピンポーン。まさか正解するなんて」

「これかなって、舞い降りてきた感じ」

「まあダメでも別に構わなかったけどね」

「マジかよ」

「ま、とりあえず行っておいで。昼までには帰ってきてよ? やってもらうことはたくさんあるんだから」

「ありがと。じゃあ行ってくるよ」

 私は彼女の家を出て、バサッと白い翼を開いた。家の中でやったら掃除増やすな、と叱られていたことだろう。家を出てからにしてよかった。そして私はその北へと向かう。この前招いたバードストライクを起こさぬようしっかり前方を見て、鳥が普通追いつけなくなるぐらい高度を上げて飛行していく。


 50分後、今度は無事相手の所に到着した。そして相手の赤い糸とこちらの糸を結んで完了。そして私はまた翼をはためかせ、昇り続ける太陽を眺めながら決して油断しないように飛んでいく。


 その次に頭を衝いたのは彼女のことだった。彼女は事故でご家族を亡くしている。なんとなく彼女のことを可哀想だと思う自分がいる。けれども彼女の傍にはずっといてやれない。私は一介の天使で彼女は人間だ。仕事は終わったがそれを報告するため神様の世界にここ2、3日以内で行かなければならないのだ。といってもここでの行動が逐一確認されているわけではない。人間様の感覚であれば、出張先で多少羽目を外すサラリーマンだろうか。天使の力は人間様よりはるかに強い。だから片付け程度であればすぐ終わる。だから彼女と長い時間過ごすことは可能だ。とはいえ報告期限ギリギリに戻ってしまえば理由等々を白状しなければならない。だから頼まれ事を完了したらすぐ神様の世界へのフライトを始めなければならない。それども彼女ともう少しだけ、もう少しだけ慰めるために話していたい。そう思った。私は天使だ。ならば神様の使いとして、悲しんでいる子を放っておくわけにもいかないじゃないか。私はそう結論付け、彼女の家の前で着地した。

「ただいま」

「おかえり。早かったね、先にご飯食べよっか」

「また作ってくれたんだ」

「あなたにとっては意味ないのかもしれないけど、食べてくれる?」

「もちろん」

 私は彼女との食卓の前で手を合わせる。食事、という概念がそもそも薄いが、人間様はこうやって楽しんでいるのか、それなら太ってもしょうがないなと多少理解することができた。


「御馳走様。とっても美味しかった」

「ありがとね。ここ最近ずっと1人で作って食べてだからさ。評価してもらえるの嬉しくて」

「……触れてほしくないのなら謝るけど。お父さんとお母さんはどんな人だった?」

「とっても優しい人で、でもダメなことをしたらちゃんと叱ってくれるような、そんなお父さん。いつも私のことを守ってくれて、ゆっくり大事なことを教えてくれたお母さんでした」

「お爺ちゃんとかお婆ちゃんはいるの?」

「うん。今春休みでしょ。それが終わればそっちの方で暮らし始めるの。ここは不便だからって、お爺ちゃんお婆ちゃんは先に郡山に移ってて」

「そう」

「ま、そんな辛気臭い話終わり終わり。早速片付けしよっか」


 掃除が始まった。私は重い荷物を運び出し、それが必要かどうかを彼女に判断してもらう。その間会話はほとんどなく、申し訳ないと思う反面、自分の仕事を疎かにしてはならないのだからそれで良いんだ、と納得している自分がいた。

「めっちゃ力持ちじゃん。私だけだったら1か月もかかるよ」

「これぐらい訳ないさ」

「少し休憩しない? 私疲れちゃった」

「良いよ」

「ちょっとジュース入れてくれるから」

 と彼女は小走りでキッチンへと向かっていく。それを微笑ましく眺めていると、何か私の体に不調があることに気づいた。天使は回復の早さが人間様よりはるかに早い。あの時の衝撃による痛みももう取り除かれていた、というのに。そもそも天使はほとんど不調を起こさないはずだ。それを起こした時は、天使としての寿命の終わり。恐らく無駄に考え事をしていたせいであろう、と私は彼女がコップに注いでくれたジュースを飲んでいた。彼女への一番のお返しは何であろうかと少し考えていたが、彼女の恋を成就させてみよう、と思った。それが自分の仕事だし、これぐらいの独断なら怒られはしないだろう。

 逆に言えばそれ以上私は彼女を慰めることはできない。今まで人間様と長い間過ごした経験が全くないからだ。片付けが終われば神様の世界へのフライトもできるだろう。けれども、なんとなく彼女を放っておくわけにはいかなかった。


 片づけを完全に終えた私は、彼女の作ってくれた夕食を摂っていた。

「やっぱり詩奈のご飯は美味しい」

「良かった。それでもう帰っちゃうの?」

「うん。でもこっちの方向に来ることがあれば必ず寄るよ」

「そっか。えっと、郡山のね……」

 彼女は新しい家と新しい学校の地図を渡してくれた。お返しに私は翼から一本の羽を取ってそれを渡す。

「お守りって訳じゃないけど、これ」

「ありがと。大事にするね」

 私は翼を広げフライトの準備をする。彼女は私が見えなくなるまで手を振ってくれていた。


 夜のフライト、私は夜風を作りながら高く、高く飛んでいく。人間様の科学はついに宇宙を捉え、そしてそこで活動することに成功した。とある宇宙飛行士はこう評している。「宇宙に神はいなかった」と。それは間違ってはいない。だって、神様の世界はどんな高性能なレーダーでも感知されないよう隠れているからだ。神様はいない方が人間様の進化に繋がる。神様が救ってくれると信じてしまえば、極論働かなくても救ってくれる、という信条になるからだ。ならいない方が正直人間様にとって都合がいい。


 そしてついに私は神様の世界に到着した。

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