第6話 炎の魔法使い

「おおっと、動くんじゃねぇぞ~。このガキがどうなってもいいってのか~? ヒャヒャヒャ!」


「やめて! はなして!」


 身長二メートル近い大男がマリアナの襟首を掴み、村人に見せつけるように掲げていた。

 マリアナの身長は一四〇センチほどあるが、大男につままれている姿は、まるで猫なみに見える。

 男は異様な風体だった。

 裸の上半身に、直接武器を収めるサスペンダーと肩にプロテクターを着けている。

 眉毛を全て剃り落とした顔が恐ろしい。

 何よりも目に付くのは髪型だった。

 なんと、ピンク色に染めたモヒカン刈りである。

 大男はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、怖がるマリアナと村人たちを見て喜んでいるようであった。


「食い物と酒だ! それと女も忘れずにな! こんなガキじゃダメだぞ! とっとと用意しろ、ギャッハッハ!」


「おねがい、はなしてよお!」


 マリアナは手足を振り回して抵抗するが、まるで堪えた様子がない。

 周りには手下らしい男たちが、これまた笑いながら手当たり次第に物を壊し、食料を強奪していた。

 彼らこそがビボラ団である。

 軍から盗んだ槍や弓矢をこれ見よがしに振り回していた。


「畜生、マリアナを離しやがれっ!」


 ガスパルが槍を構えた。


「おおっと! ガキがどうなってもいいってのか?」


「ぐっ……」


 村人たちがガスパルをなだめていた。


「ガスパル、だめだ。お前までやられてしまう……わしらは、黙って耐えるしかないのじゃ……大人しくしていれば命までは……」


「くそう、マリアナは俺の娘なんだ! あんなクソ野郎にいいようにされてたまるか!」


 ガスオアルは槍を構えると、オクタビオと呼ばれたモヒカンに突進した。


「ああ? やろうってのか? よっぽど命がいらねえらしいな! 望み通りぶっ殺してやらあ! メガ・フレイム!」


 オクタビオが左手をかざすと、火の玉が現れる。

 魔法で呼び出したものだ。火球はガスパルに向かっていった。

 避けることもできず、直撃する。


「ぐおおっ!」


 ガスパルは苦悶の声を上げてその場に倒れた。


「お、お父さーんっ!」


 マリアナが叫ぶ。ガスパルの全身が燃えている。

 村人たちがガスパルに布を叩き付けるが、なかなか火が消えない。

 苦しそうに悶えるガスパルに向けて、正一は水を呼び寄せる魔法を放った。


「うぐぐ……ショーン……か……? おまえ、魔法を……」


「はい。待っていてください。マリアナは私が」


「お……おい……やめろ、ちょっと魔法が……使えるからって……勝てな……ぐっ」


 正一はオクタビオと呼ばれた男の前に立った。


「そこのあなた、オクタビオさんとか言いましたか。お手数ですが、その子を離してもらえませんか」


「ああん? なんだテメェは」


「私はショーン・ハリヤー。オルモスさんたちから施しを受けた者です。なので、その恩返しのために、あなたをたたきのめしてマリアナを解放したいと思うのですが」


 オクタビオは顔を歪に歪ませた。


「ガッハッハッハ! おもしれえ、できるモンならやってみろや」


「では、そうさせていただきましょう」


 正一は右手を伸ばした。


「おいおい、何のマネ――」


 魔法が発動し、オクタビオの動きが止まる。

 いや、止まってはいない。

 ほんのわずかに動いている。

 しかし、注意して見なければわからないほどだ。

 正一が戦争中、各地の戦線で数多くの敵を屠った必殺の魔法、それが『加速』である。

 ただ、当時はせいぜい一〇倍が限度であった。

 経験則に頼った感覚的な発動を行っていたためだ。

 しかし今は違う。梁屋和尚から魔法の正しい発動理論を学んだことで効率化を実現し、最大一〇〇倍の加速が可能となっていた。

 すなわち、オクタビオにとっての一秒は、正一の主観では一〇〇秒に相当する。

 まるで止まっているかのようなオクタビオの、マリアナをぶら下げた右腕をへし折る。

 マリアナの身体は宙に浮いたように見えていた。

 しかし実際には、徐々にではあるが落下しつつあるのだ。


「――だ? えっ? 嘘だ、そんな……うっぎゃああああああっ! オレの、オレの腕があああああっ!」


 正一は落下してきたマリアナを受け止めた。

 自分以外の人間を加速すると、衝撃に耐えられずに死んでしまうのだ。

 二人とも何が起こったのか、当然理解していない。


「大丈夫ですか、マリアナ」


「う、うん……。い、いまのは……」


「説明は後です。ガスパル殿をお願いします」


 そのままビボラ団を一人、また一人と攻撃する。

 脚をへし折り、肩を外し、戦闘能力を奪っていく。

 軍人上がりとはいえ、正一には魔力による身体能力の強化があった。

 そのため、単純な体術のみで対抗可能だ。

 殺しはしない。殺生は慎むべしとの梁屋和尚の教えだった。


「や、野郎! ぶっ殺してやるあ!」


 残った左腕で、オクタビオは火の玉を呼び出した。


「ヒイッ、ヒッヒ! コイツを食らって生きてたヤツは、い、今まで一人もいやしねえんだ! ほ、本当だぜ!」


 火の玉はどんどん大きくなり、直径五〇センチほどにまで拡大していた。

 燃えたぎる高温のガスが循環しているのが見える。


「ガスパル殿、少々お待ちを。すぐに治療をいたします」


「オレを無視するな、このクソオヤジがッ! ギガ・フレイムを食らいやがれ!」


 火の玉が正一に向かってくる。

 常人であれば一瞬で黒焦げの死体になるだろう。しかし。


「遅い」


 正一は手の甲に魔力障壁を展開し、最低限の動きで火球を弾いた。


「バカな! そんなバカな!」


「威力も弱い。範囲も狭い。これで魔法使いを名乗るとは、この国もずいぶん平和になったものですな。良いことなんでしょうけどね」


「うう、嘘だ、何かの間違いだ! 当たりさえすれば、こんなオッサン!」


「当たりさえすれば?」


 正一は両手を下ろした。


「何かの間違いだと言うのなら、もう一度やってごらんなさい。今度は防ぎませんよ」


 オクタビオは大きく目を見開き、ここまで音が聞こえるほどの歯ぎしりをしていた。


「クソ、クソ、クソ! もう一発食らえ! ギガ・フレイム!」


 オクタビオはもう一度同じほどの火球を呼び出し、正一に向けて発射した。

 火球は正一に直撃し、大爆発を起こした。

 爆炎によって周囲にはクレーターができ、草一本残っていない。


「う、ウソだろ……直撃のはず……!」


 正一は立っている。いや、それどころか火傷一つしていない。

 服の表面が微かに焦げただけだ。

 量子の泡をくぐって素粒子レベルで再構成され、さらに魔力によって強化された肉体は、あらゆる攻撃に対し高い抵抗力を示す。


「この程度の火力では、村長のタバコに火をつけるくらいしかできませんよ」


「クソッ! オレをコケにしやがって! ギガ・フレイム!」


 オクタビオはまたも火球を放ってくる。

 三度目の正直を期待しているのだろうが、いいかげん他の手を考えてもよさそうなものである。

 基本的に、あまり賢い男ではないようだ。

 正一は梁屋和尚の教えを思い出した。

 属性魔法などというものは、原理を理解していない者に対しての例え話であり、本質的なものではない。

 当然、正一にも同じ事ができるはずだ。

 実際、さっきの水魔法も上手くいった。

 正一の右手の前に直径二メートルほどの火球が一瞬で現れた。


「だから、遅いと言ってるんですよ」


 正一の火球はオクタビオの火球を飲み込み、周囲の物体を気化させながら進んでいく。


「ひいっ……」


 オクタビオは尻餅を付いて逃げるように後ずさった。

 顔はさらに歪み、涙と鼻水でグシャグシャになっている。

 ズボンの股ぐらにも染みが現れ、地面に広がっていった。


「こんなものは、ただの真似事ですよ。あの男の足下にも及ばない。私はもっと強力な使い手を知っています。それにギガ・フレイム? ファイアボールでしょう。でもまあ、地域や時代が変われば同じものでも名前が変わるのはよくあること」


 オクタビオの顔面から三〇センチほどの距離で、正一は火球を止めた。

 そのまま距離を詰めると、デコピンをしてやる。


「あばっ!」


 オクタビオは白目を剥き、そのまま真後ろに倒れ込んだ。

 完全に気絶している。

 村人たちは呆気にとられたかのように、誰もが動けなかった。

 正一は大やけどを負ったガスパルの横に膝を付いた。


「遅くなって申し訳ありません」


「へへっ、……ショーンお前……やるじゃねえか……驚い……たぜ。俺はもう……だめだ。助からねえ。……なあ。頼みがあるんだ……俺の……かわりに……妻と娘……」


 ガスパルは駆け寄ろうとするダナとマリアナに視線を向けた。


「はい、何なりと。でもその前に」


 正一はガスパルに治癒魔法をかけた。

 梁屋和尚が最後に教えてくれたものだ。

 焼け焦げた皮膚がみるみるうちに再生し、元の姿に戻っていく。


「えっ……? ショーン、お前俺に、いったい何を……?」


「見ての通りですよ。もう大丈夫です。ところで、頼みとは何ですか? 何なりとお申し付けください。あなたは、私の恩人ですから」


「ああ、その。うん、何でもない」

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