指名入りました

『ハァ……ハァ……ハァッ、ハァッ――アッ!』


 大音量で流れる男性の喘ぎ声。聴き取り難いこの音声はAVからではなく、鹿目から貰ったデータから流されているものだ。


「ちょっw 大熊猫パンダ先輩、これなんですか!? 一方的に電話をかけてきて、勝手にイキましたよ!?」

「これが噂の〝オ●電〟ってやつですか!? 闇深すぎでしょw」


 同室の後輩達がゲラゲラと腹を抱えて笑っている。初めは大熊猫パンダも笑っていたが、次第に耳が慣れてきたのか、冷めた目で自分のデバイスを見つめていた。


「それがうちの大学寮にかかってくるって噂の〝オ●電〟や。もしかしたら、女子寮にかかってくるのと同一人物かもしれんねんて」


 大熊猫パンダの発言を聞いた後輩達は「えぇっ!?」と声をあげた。


「どういう事ですか!? 情報量が多すぎて笑い止まらないんですけど!!」

「ほんまそれな。俺も〝オ●電〟してくる奴の気持ちが分からんし、それで気持ち良くなれる気持ちも俺には分からん」


 大熊猫パンダは後輩に作ってもらった麦焼酎の水割りが入ったグラスを受け取って、一気に飲み干した。


「でも、またかかってくるかもしれないんですよね? その時は誰が対応するんですか?」

「それは最初に電話に出た奴やろ……って、なんでこっち見んねん」


 後輩達が期待の眼差しで見つめてくる。嫌な予感がした大熊猫パンダは怪訝な表情になってしまった。


大熊猫パンダ先輩なら、この変態を撃退できるだろうなぁ……って思って」

「そうです、そうです! 大都会東京で汁男優にスカウトされるくらいの運をお持ちなんですから、きっと先輩が対応する事になりますよ!」


 後輩達が大きな声で笑うのを見た大熊猫パンダは眉根を寄せた。持っていたグラスを床に置き、「お前ら、アホか!」とすぐにツッコミを入れる。


「部員が何人おると思ってんねん! 五十人以上はおんねんぞ!? この人数で〝オ●電〟取るって結構な確率やで!? そんなん言うてたら、ほんまに来るかもしらんやん! そういう運はたまに行くパチンコで使いたいわ!」


 それを聞いた後輩達は顔を見合わせた。


「でも、そのまさかがあるかもしれないじゃないですか……ブフッw」


 一人が吹き出すように発言したのを皮切りに、後輩達はゲラゲラと笑い始めた。


「あー、やめろやめろ! ほら、明日も早いんやから寝る準備せぇ!」


 時刻は二十二時を回った頃だ。そろそろ静かにしないと主将に怒られるかもしれない――そう思っていた時、コンコンコンとノックが鳴り響いた。


「夜分遅くに失礼します。大熊猫パンダ先輩はおられますか?」


 隣の部屋で寝泊まりしている熊野の声がした。「なんや?」と大熊猫パンダが返事をすると、扉が開いて熊野が顔を出した。


大熊猫パンダ先輩……。お、お電話が入ってます!」


 口の形を歪ませて肩を震わせている熊野の姿を見た瞬間、大熊猫パンダは猛烈に嫌な予感がした。


「こんな時間に? 誰から?」

「今話題の人から電話が入ってまして……」


 それを聞いた後輩達が顔を見合わせてざわめき始めた。「変な所でヒキ強すぎでしょwww」と笑った後輩をキッと睨み付けてやると、その後輩はすぐに正座して「すみませんでしたっ」と頭を下げてきた。


「なんで俺なん? 電話に出たんやったら、お前が対応してや」

「そ、それが―― 大熊猫パンダ先輩を指名されてます!」


 熊野の言葉を聞いた瞬間、背後で後輩達が大きく吹き出すのが聞こえた。「なんで、指名やねん!! ここはキャバクラちゃうねんぞ!!」と大熊猫パンダは文句を漏らしてしまうのだった。




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