第15話 朝ごはんと皿洗い
「さ、座ってよ。まだ登校までは余裕あるし」
綾乃は湊のすすめで席に着く。
目の前に置かれた皿には硬くなりすぎないくらいに焼かれたトーストにハム、スクランブルエッグ、マヨネーズが乗っていた。
さっきまで空腹なんて感じていなかったはずなのに見ているだけで少しお腹が空いてくる。
「遠慮なく食べっちゃってね〜!綾乃ちゃん」
「なんで母さんが言うのさ……まあ別にいいけど」
「い、いただきます……」
「召し上がれ」
綾乃は手を合わせるとそーっと手をパンに近づける。
そしてパクっと一口食べる。
(お、おいしい……!卵の火の通し方もトーストの焼き方も完璧……なんで湊くんはこんなに完璧なの……)
先ほどの手際とこのトーストの出来を見るにどう考えてもたまたまではないことは確かだ。
おそらく料理もある程度やっているはず。
(うぅ……読んできた
綾乃が読んでいた漫画の幼馴染に対する主人公は高嶺の花の幼馴染に対して劣等感を抱いてる場合が多かった。
自分が高嶺の花だとは思っていないが告白だってされるし客観的に見ても容姿は整っているはず。
だが湊自身別に卑屈なわけでもなく、本人のスペック的に問題ないどころか超優秀で非の打ち所がないのだ。
もちろん湊が好意に鈍感という乙女的に致命的弱点があったり他にも苦手なことがあって完璧人間じゃないことは綾乃も理解しているが現在進行系で計画が上手くいっていないのは確かだった。
「どうかな?綾姉は柔らかい卵が好きかなと思って火加減弱めにしてみたんだけど」
「すごくおいしいです……」
「そっか。ならよかった」
湊は嬉しそうに屈託なく笑う。
しかし卵の火加減意外にも、少食な綾乃のために少し小さめにパンが切られていたり、油をできるだけ減らすためにマヨネーズが少なめになっていたりと所々に湊の気遣いを感じる。
その気遣い一つ一つが何よりも綾乃の心に染み渡った。
「湊くん」
「ん?どうしたの?」
「本当にありがとね」
「なんのことかわからないけど取り敢えずどういたしまして?」
(湊くんにとって気遣いは当たり前のことなんだろうなぁ……それがどれだけ温かくて嬉しいことか……)
だがそんな湊だからこそライバルは多い。
他の泥棒猫たちに負けないように頑張るんだと心に決めた。
「ねえ湊くん。今日一緒に学校にいかない?」
「綾姉がいいなら俺は構わないよ。まあ同じ家から出発してバラバラに行くのもおかしな話かもしれないけど」
「ふふ、そうだね。じゃあ一緒にいこ」
思わずその場で喜びたくなってしまうがオトナの女であるために我慢する。
湊と一緒に登校するのは本当に久しぶりのこと。
年が経つにつれ少しずつ疎遠になってしまう異性の幼馴染の宿命だったが今日は一緒に学校に行ける。
それだけのことでどうしようもなく嬉しくなってしまうのだ。
そしてご飯を食べ終わり、牛乳を飲むと腹は満たされいつも通り体がスッキリしてくる。
やはり朝ごはんは大切なんだと思わされるひとときだった。
「さて、俺は洗い物してくるから綾姉はくつろいでていいよ。ちゃんと遅刻の恐れはない時間に終わるから」
「わ、私も手伝うよ?」
「でも綾姉はお客さんだし別に無理しなくても……」
「ほら、一緒にやったほうが早いでしょ?それに朝ごはんまでご馳走になったんだし手伝わせてほしいの」
「うーん、綾姉がそこまで言うなら手伝ってくれる?」
これ以上断るのも悪いと思ったのか湊が首を縦に振る。
朝ごはんを食べさせてもらい、洗い物を全て任せてくつろげるほど綾乃の神経は太くなかったので湊の理解にホッとする。
そして制服の袖をまくり湊と一緒にシンクの前に立つ。
「それじゃあ俺が洗うから綾姉は洗い終わった食器を拭いてくれる?」
「任せて」
湊が洗剤で洗ったものを受け取り、水分をとって置いていく。
湊の家に何度もお邪魔したことはあるがその時は子供で食器の位置なんて全く気にしていなかったし、想像で戻してもし違う場所にしまっていたら二度手間になってしまう。
そのため綾乃は出しゃばらずに拭き取り終わった食器を丁寧に重ねていった。
「はい、綾姉。あと少しだよ」
「うん」
湊から皿を受け取る。
そしてそこで気づいた。
(こ、これってなんだか夫婦みたいじゃない……?2人並んで一緒に家事って……)
湊との間に沈黙が流れたとしてもその沈黙がとっても心地良い。
一緒に家事をやるというのにあまり憧れを抱いたことはなかったけどここで認識を改める。
一緒に家事というのはとてもいいものだ。
(何十年後もこうやって横に並んでいられるかな……)
綾乃は未来に想いを馳せ、頬を染める。
輝かしい未来を掴むために頑張る。
そう決めたのだから──
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