第10話 最後の一人
湊が綾乃を家まで送り届けた翌日。
秋なのに温かい日差しの下、湊は篤と並んで歩きながら登校する。
「それでどうだったんだ?いい雰囲気の一つにでもなったか?」
「いい雰囲気?」
湊は質問の意図を掴みきれず、質問をしかえす。
そんな湊の反応に篤はため息をついた。
「あのなぁ……年頃の男女が一緒に二人きりで帰ったんだぜ?そういう雰囲気になることの1つや2つくらいなるものだろうが」
「ないない。綾姉は本当に人気者だし美人さんなんだよ?わざわざ弟みたいな立ち位置の俺を選ぶ必要なんてないじゃん」
「はぁ……そういうとこだぞ?お前」
「どういうところ?」
「俺から言えることは何もないさ……お前が自分で気づくのが先か、夕凪会長が勇気を出すのが先か……」
言えないってことは篤も理解してないんじゃないか?という疑問を湊は抱くが、篤が言わないと言ったのなら無理に聞き出すことはしない。
そこに踏み入られるのが嫌な人もいるんだし無理してまで聞き出す必要はない。
「それにしても少しずつ文化祭の雰囲気になってきたよな。出し物の話し合いとか始まってきてるし」
「うん。それに俺達は生徒会だから文化祭に関する準備は早めに始まるからね」
「結構楽しみなんだよなぁ……ウチの文化祭は例年大々的に行われてるし」
飲食系から出し物系、部活動の発表など何を認可し、どこに配置していくかを決めるのが生徒会だ。
もちろん先生と相談しながら行うし最終チェックも入るのだが、ルール決めと同じかそれ以上に重要で大きな仕事なのは間違いない。
「そんなわけで多分ここから更に忙しくなるよ」
「うげ……まあお前がいるなら大丈夫か。それに準備から携わっていたほうが当日も楽しそうだしな」
ここでサボろうとか考えないのが篤の真面目なところだ。
最初は嫌そうな顔をしてもなんだかんだ最後の方には一番気合が入っているというのは珍しくないこと。
湊はそんな篤だからこそ頼もしく思うのだった。
「おはよ、あんたたち」
突然後ろから声をかけられ、振り返ると黒髪をストレートに下ろし、目尻は少しだけ上がっていて気の強そうな印象を抱かせる美少女が立っていた。
「あ、おはよう。桃さん」
立っていたのは
生徒会最後のメンバーであり、生徒会広報を務めている。
「昨日は体調大丈夫だった?」
「もうばっちりよ。迷惑をかけてごめんなさい」
「お得意の体調管理とやらはどこいったんだ?お前が体調崩すなんて珍しいじゃねぇか」
篤の一言で、桃はキッと篤のほうに視線を向ける。
また始まったと湊はため息をつく。
「なによ?私が体調管理を怠ったっていいたいわけ?」
「別にそういうわけじゃないさ。ただ休んだんだなと思っただけだ」
「何か言いたいことがあるならはっきりいえばいいじゃない。いくらでも聞いてあげるわよ」
2人は顔を合わせるといつもこうなる。
くだらないことから喧嘩へと発展し、毎度毎度湊が仲裁に入ってようやく収まる。
ほっといてもいいのだが今は朝であり普通に通学途中で周りは民家なのでこれからヒートアップするのは避けたい。
湊は早めに仲裁に入った。
「まあまあ二人ともその辺で。生徒会メンバーが近所迷惑で通報されたら学校中の笑い者だよ?」
「くそ……今回は湊に免じて見逃してやる」
「ふん。あんたから突っかかってきたんでしょ。日和くんも私のライバルならちゃんとこいつの手綱を握ってよ」
そう、この市井桃という少女は副会長の座を巡る生徒会選挙の際、湊の最大のライバルとして目の前に立ちはだかった。
結果的には湊が勝って副会長になったわけだが、桃も改めて生徒会に入り広報の座についた。
そのせいか湊をライバル視している節があるのだ。
「あはは、篤は友達だからそこに上下関係はないよ。流石に法に触れそうなことをするなら止めるけどそれ以外は俺に篤をどうこうする権利は無いよ」
「何よそれ……」
「見たか、これがお前に勝った湊だぞ?」
「わざわざ強調しなくてもそんなことはわかってるわよ!」
もはやこれではコントだ。
篤は桃がこれくらいで本気で怒るわけないとある意味信頼しているし、桃も桃で一々応えるのだから質が悪い。
もう勝手にやっていればいいと湊は呆れてため息をついた。
「お〜!朝から随分と賑やかだね〜!」
後ろからポンと肩を叩かれ振り返るとそこには咲姫がいた。
いつも通りニコニコと笑みを浮かべて咲姫の周りが明るく輝いているように錯覚する。
「皆上先輩、おはようございます。今日は夕凪会長と一緒じゃないんですか?」
「おはよ〜!日和くん!綾ちゃんはなんか昨日眠れなかったからちょっと遅くなるって。遅刻はしないと思うから大丈夫だよ〜」
咲姫は昨夜、電話で散々湊がどうしてくれただのなんだの惚気を聞かされていたので眠れない原因は知っているがわざわざ湊には伝えない。
朝メールを送ったら返ってきたので遅刻は無いことは湊に伝えておいた。
「それより二人とも朝からこんな騒がしくしちゃダメだよ?皆さんの迷惑になっちゃうから」
「すいません……」
「申し訳ありません……」
湊が注意した時と違って2人はすぐに大人しくなる。
咲姫も普段はのんびりマイペースな印象が強いが人望や人気は圧倒的に高く、言うことを聞かせてしまう何かがあるのだ。
「ほら、みんなで一緒に学校行こっ!」
咲姫の言葉で全員で学校に向かって歩きだす。
湊は大したものだと咲姫を眺めた。
「流石です、皆上先輩。今のを見てると皆上先輩が副会長のほうがいいんじゃないかって思っちゃいますね」
「あはは〜!私は2年生だからね。それに副会長は絶対に湊くんにしか務まらないよ。私が保証するっ!」
そう言って咲姫はニコッと笑う。
そんな咲姫に湊は苦笑しながら降参と言わんばかりに両手を上げるのだった──
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