第9話 母は強し
(もう……顔が熱いよ……)
湊と別れた後、綾乃は玄関でしゃがんでいた。
顔が火照って仕方ない。
自分の頬を触ってみれば温かな熱を帯びていることがすぐに分かる。
「あら、おかえり。綾乃」
綾乃がうずくまっていると綾乃の母──
綾乃と同じく
「うぅ……ただいま……」
「どうしたの?顔が赤いけど……熱でもあるのかしら?」
そんな湊が言いそうなことを言いながら綾実は自分と綾乃の額を触り比べる。
そして困ったように眉尻を下げながら首を傾げた。
「うーん……熱はなさそうだけど……」
「お、お母さん……!体調なら大丈夫だから……!」
「あらそう?でも無理しちゃだめよ?」
「う、うん……わかってる」
「それならよし。もうすぐ夕飯にするから手を洗って着替えてらっしゃい」
綾実にそう言われ、綾乃は逃げるように手を洗ってから自分の部屋へと移動する。
そして部屋着に着替えると顔の火照りもいくらか収まってきた。
手鏡で自分の顔が赤らんでいないかを確認しリビングへ向かうと既に綾実が料理をテーブルに並べており、父──
「あ、お父さん。帰ってきてたんだ」
「来たか、綾乃。もうすぐ並べ終わるから先に座ってなさい」
「私も手伝うよ?」
「もう終わるから大丈夫だ」
「そう?じゃあお先に座らせてもらうね」
綾乃は素直にお言葉に甘えて座ることにする。
すぐに料理を並べきり、慎也も綾実も席につく。
「「「いただきます」」」
手を合わせて夕飯が始まる。
家族仲の良さから和やかな雰囲気が食卓に包まれる。
近況の報告や生徒会の仕事、そういうことを話していると両親は嬉しそうに目を細めながら話を聞いてくれる。
安心させるためにも綾乃はこの類の報告を欠かさないタイプだった。
「そういえば今日はお姉ちゃんはいないの?」
「綾奈は今日、お友達とご飯食べてくるって言ってたわよ」
「楽しそうだね、お姉ちゃん」
「そうだな。たまに顔を合わせると表情が活き活きとしているように見える」
綾乃たちは揃って苦笑する。
綾乃には大学生になったばかりの2つ上の姉がいる。
名前は
「私たちのところに彼氏を紹介してくるのもそう遠い未来じゃないかもね〜」
「本当に二人とも大きくなったものだ……」
綾実と慎也は感慨深そうに顔を見合わせる。
普段は大人びている綾乃も子供なのでその感情を心から理解することはできない。
夕飯を味わいながら『そういうものなのかなぁ』と考えていると綾実からキラーパスが飛んできた。
「綾乃は彼氏とかできたりしないの?」
「ふぇっ!?」
「綾乃なら告白とかされるでしょ?」
「こ、告白はたまにされるけど……」
綾乃の心にいるのはたった一人。
一番近いようで遠い一つ下の男の子。
他の人の告白を受ける気は全くないし、絶対に諦めたくない想いだった。
「あらあら、好きな人がいるのね」
「っ!」
「当たりかしら?今一瞬誰かのことを考えるような顔してたから好きな人がいるのかなって思ったのだけれど」
綾実は普段、ほわほわしているというか天然系の発言をすることが多い。
ただこと娘については驚くほど鋭く、こうして少しの表情の変化で色んなことを見抜いてしまう。
小さい頃、友達を喧嘩したときなどすぐに見抜かれていつも優しく抱きしめられて励まされてきた。
普段は感謝するその観察眼が今は綾乃を追い詰める。
「そ、それは……」
「言いたくないなら別に言わなくていいのよ。多分湊くんでしょうし」
「………」
最初から綾乃に逃げ道などなかったことを今ここで理解した。
咲姫といい綾実といいなぜこうも気づかれるのか、自分がそんなにもわかりやすいのかと恥ずかしくなってくる。
「湊くんか。あまり会ったことはないがそれでも分かるくらい礼儀正しい子だな。綾乃も中々見る目がある」
「ねえねえ綾乃っ!恋バナしましょ!恋バナ!」
慎也がうんうんと頷き、綾実は大好物を見つけたと言わんばかりに目をキラキラ輝かせて言ってくる。
その熱量に綾乃は思わずたじろぐ。
「恋バナはしません。食べ終わったから私もう行くよ?」
「ああ、待って……!」
食器を持って綾乃が立ち上がろうとすると綾実が慌てて止めてくる。
親と恋バナなんてもはや罰ゲームだ。
綾乃はすぐに背を向けると聞き捨てならない言葉が聞こえてくる。
「湊くんの最近ハマってるものとか知りたくない?」
「……!?」
綾乃にとって湊に関する情報はまさに値千金。
そんな情報をなぜ綾実が持っているかはわからないが足を止めざるを得なかった。
「ど、どういうこと……?」
「ふふっ、私は湊くんのお母さんと大親友なのよ?綾乃も知らないような湊くんの色んなことをお母さんは知ってるんだから」
「うっ……」
綾実と恋バナは嫌だ、でも湊のことはもっと知りたい。
そんな感情に板挟みにされ綾乃は迷う。
しかしやはり好きな人についてもっと知りたいという想いは止められず渋々と頷いた。
「わかった……」
「やったぁ!」
「はは……程々にしておいてあげろよ……」
「……ごちそうさま」
綾実は嬉しそうにはしゃぎ、慎也はそんな綾実を見て苦笑する。
綾乃はこの場に居づらくなりすぐに食器を流し台に置いて自分の部屋に逃げ込む。
(うぅ……恋バナやだなぁ……でも湊くんのことはもっと知りたい……)
綾乃は多少の羞恥は耐えられるように覚悟を決めるのだった──
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