第3話 無自覚天然女の子キラー
「あ〜やちゃんっ!おはよっ!」
「咲姫、おはよう」
朝、学校の近くにある公園の前でいつも通り綾乃が咲姫を待っているとやってきた咲姫が綾乃に抱きつく。
人懐っこい咲姫だが普段抱きついてくることはあまりない。
綾乃はいつもよりハイテンションな咲姫を受け止め苦笑する。
「どうしたの?今日はなんだかちょっとテンション高くない?」
「えへへ、だってそれは……」
咲姫の視点は綾乃の上の方へと向けられる。
その視点の意図に気づいた綾乃は少し恥ずかしそうに頬を染めて顔を俯けた。
「変じゃない……かな」
「もっちろん!とっても可愛いよ!」
咲姫がいつもよりテンションが高い理由。
それは綾乃の髪型にあった。
綾乃は普段、その長くて艷やかな黒髪をストレートに下ろしているが今日は少しだけワンポイントで髪を編み込んでいる。
同性の咲姫からしてもとても可愛らしく文句の付け所のない良い出来と言えた。
「あの雑誌もちょっとは役に立ったかな?」
「うん、知らない髪型がたくさん載っててびっくりした。編み方も丁寧に書いてあったしすごくわかりやすかったよ」
綾乃が今日、こうして慣れないヘアアレンジをしていたのは咲姫が昨夜、家に着く直前にどこからか雑誌を取り出し『日和くんをびっくりさせるためにお洒落をしてみるのはどう!?』と言い出したのが事の発端だった。
綾乃は女子として当然おしゃれをしたい年頃だしそういうことを調べることもあるのだが咲姫のほうは生粋のおしゃれ好きで綾乃よりも圧倒的におしゃれに詳しい。
昨日の夜に電話をしながらああでもない、こうでもないと相談しながら髪型を決めて早速今日から実践してきたというわけだ。
「これなら湊くんもドキドキすること間違いなしだねっ!」
「そ、そんなに……?」
「うん!だから早く日和くんに見せちゃおっ!」
「あっ!ちょっと待っ──!」
咲姫は綾乃の返事を聞かないまま綾乃の手を引いて走り出す。
湊の前で汗をかきたくなかった綾乃はなんとか咲姫を説得し若干早歩きながらも走るのをやめさせることに成功したのだった──
◇◆◇
そして現在。
綾乃は電柱の陰に隠れて不機嫌そうに一点を見つめていた。
もちろん本人は隠れているつもりでも綾乃という存在自体が美少女のため視線を集めてしまうしあまり隠れられていないのだが。
「むぅ………」
綾乃の不機嫌の原因は校門にあった。
いや、正確には校門の近くにいる人たちが原因だった。
「湊くんが……女の子と楽しそうに話してる……」
湊が女子からも人気があることは前々から思っていたし見ずとも予想できることだった。
それでも学年が違うので生徒会役員くらいしか女子と話しているところを見たことがなかったためいざ目にすると絶望感があったのだ。
「あ、あはは……挨拶運動してるんだしこういうことだってあるよ」
横では咲姫が苦笑いしながらフォローする。
しかしそれでも綾乃のご立腹は収まらない。
「っていうかあれエリちゃんだよ」
「倉住さんでしょ。同じクラスなんだから流石にわかるよ」
綾乃とエリは同じ中学校出身だが同じクラスになったことはなく顔見知り程度だった。
しかし今は同じクラスであり彼女が明るく可愛く男子からの人気が高いと知っているからこそあまり面白くなかった。
もちろん自分は彼女じゃないしそこまで束縛する権利など無いとは綾乃も理解しているが感情面で面白くないのはまた別の話だった。
「湊くんもデレデレしてるし……」
「え?デレデレしてる?私の目にはいつも通りに見えるけど?」
咲姫はもう一度湊に目を向けるがそこにはいつも通りイケメンが柔和な笑みを浮かべて話しているようにしか見えなかった。
咲姫もモテ女なわけでそういった下心には敏感なほうだが湊から下心は全然感じ取れない。
「してる。いつもより少しだけ笑顔が柔らかいよ」
「まあ綾ちゃんがそう言うならそう、なのかなぁ……?」
咲姫はいつもは完璧で頼れる綾乃なのに恋愛になるとここまでポンコツというか面倒くさくなるのかと頭を抱えたくなった。
思考を放棄した咲姫は幼馴染から見てそう見えるならばそう言うことなんだろうと無理矢理納得することにした。
「あっ。エリちゃん行ったみたいだね」
視線の先では絵里が走って校舎へと向かっていくのが見える。
咲姫はこれがチャンスだと見て綾乃を電柱の陰から引っ張り出す。
「ほら、うじうじしてないで早く行くよっ。ちゃんと可愛いって言ってもらわなきゃ!」
「あ、待って……!まだ心の準備が……!」
「待ちませ〜ん」
留まろうとする綾乃を逃さないように手をガッチリ握って咲姫は歩きだす。
やがて観念したのか綾乃は一つため息をついていつも通り凛々しい姿で歩き出した。
(いつも思うけど綾ちゃんってギャップありすぎじゃない……?普段の綾ちゃんはすっごく可愛いけどこうしてみんなの前で見せる姿はカッコいいんだよね)
親友だと思ってる人に数少ない素を見せられる人だと思われていることに咲姫は嬉しくなる。
そして2人並んで校門のところへ行くと湊ともう一人の後輩である天海篤がこちらに気づく。
「2人ともおはよ〜!」
「おはようございます。皆上先輩」
「うっす。お二人は相変わらず仲良いっすね」
(うーん、やっぱり日和くんの方が落ち着きがあって大人っぽいなぁ。まあ天海くんも可愛いとは思うけど)
咲姫は綾乃がちゃんと挨拶できるか一瞬不安になるが綾乃はいつも通りクールな表情ながらも微笑をたたえて口を開いた。
「おはよう、湊くん。挨拶運動頑張ってるみたいね」
「おはようございます、夕凪会長。みんな挨拶を返してくれますし問題なくできてます」
この湊という男は超が付くほど真面目で人前では綾乃のことを夕凪会長と呼ぶ。
綾乃も湊の性格を理解しているがもう少しフレンドリーに接してくれてもいいのにと思ってしまう。
「天海くんもありがとね」
「は、はい!夕凪会長!」
敬礼すらしてしまいそうな勢いの篤の様子に咲姫はクスッと笑みをこぼす。
取り敢えず人として最低限の礼儀である挨拶を終えた綾乃はコホンと一つ咳払いをして湊に向かい合う。
「そ、その……湊くん……」
「……?どうしました?夕凪会長」
「う、ううん。やっぱりなんでもないよ」
(あーもう!鈍感なのはなんとなく察してたけど好きな人のために頑張った女の子に可愛いねって一言言ってあげてよ……!)
咲姫はまさか自分から髪型の話題を出すわけにもいかずあまりの湊の鈍さにヤキモキする。
綾乃も心なしかシュンとしてしまっている。
「そ、それじゃあまた放課後に生徒会室にね」
「あ、少し待ってください」
綾乃が諦めて校舎へと向かおうとすると湊が定位置から離れ綾乃たちを引き留める。
綾乃を傷つけた湊が面白くない咲姫は若干ジト目で湊を見ているが綾乃はゆっくりと振り返る。
「どうしたの?」
湊は口を綾乃の耳に近づける。
そしてそっと耳打ちをした。
「今日の髪型すごく可愛いよ、綾姉。いつもの髪型もいいけどそれも似合ってる」
「……!?〜〜っ!」
綾乃の頬は一瞬で上気し湊に火照った顔を湊に見られないよう急いで顔を背ける。
近くにいてギリギリ湊の言葉を聞き取ることができた咲姫は呆れることしかできなかった。
(ひ、日和くんがえげつない……下げてから不意打ちで一番欲しかった言葉をそっと囁くとか女の子を落としにきてるの?綾ちゃんが好きになるのもわかるかも……)
咲姫は湊のあまりの女の子キラーっぷりに感心とドン引きが混じったような想いでその光景を見つめる。
これでもしわざとやっていたら多分ホストとして女の子に貢がれるだけで一生生きていけるかもしれないと本気で考えてしまった。
「わ、私はもう行くから」
「はい、わかりました夕凪会長」
「ま、またね。いくよ、咲姫」
「は〜い」
速歩きで湊から逃げるように歩く綾乃を追いかけながら咲姫は湊が想像以上に厄介な相手だと知り、綾乃に同情を抱くのだった──
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