第4話 男子高校生の鑑

湊たちが挨拶運動を続けていると予鈴が朝の校舎に鳴り響く。

篤が左手に付けた腕時計を見ながら湊に話しかける。


「お、もう時間だな。そろそろ戻るか」


「うん、そうだね」


湊と篤は置いてあったスクールバッグを肩にかけ自分たちの教室へと歩きだす。

別に校則でスクールバッグに限定されているわけではないが二人ともなんとなくこの半年間ずっとスクールバッグを使ってきた。


「あ〜……朝からこの階段はダルいな……私立なんだしエスカレーターでも付けてくれないかな……」


「若者のうちからそんな楽するなって南沢みなみざわ先生に言われるよ?」


南沢先生というのは英語の先生で湊たちのクラスの教科担任でもある。

規律に厳しいことで有名で『最近の若者は〜』が口癖。

篤も湊の言葉に若干苦い顔をした。


「確かに言いそうだな、あの先生は……」


「あはは」


湊たちの教室は4階。

階段の上り下りは日常生活においてもっとも重労働と聞くし湊とて朝から上りたいものではない。

だけど篤と2人で話しながら上っていたらあっという間についてしまった。


「あ、日和くんたちお疲れさま〜」


「篤お前ちゃんと仕事したかー?日和に任せて遊んでたんじゃないだろうな」


「ちゃんとやったわ!」


教室に入るとクラスメイトたちから温かい労いの声が2人に集まる。

入学から半年経ったことでクラスから徐々に緊張は消え、こうして笑いや挨拶が飛び交うことも増えた。


「あ、二人ともお疲れさま」


「おお、お前は珍しく早いな」


「おはよう、直哉」


1人の男子生徒が2人に近づいてきて話しかける。

湊たちも話しかけてきた人物に気づき笑顔で言葉を返した。


浅石あさいし直哉なおや

2人の高校からの友達で日頃からこの3人でつるんでいることが多い。

髪は茶髪、身長は162センチと高校生男子の中では低めでそれを気にしていたりする。


「なあなあ篤。今日はいいものを持ってきたんだ。一緒に見ねえか?」


「はぁ……わかりきってるが一応聞いておく。何を持ってきたんだ?」


「それはもちろん……!これさ!」


そう言って直哉が自分の机から持ってきたのは一冊の雑誌だった。

表紙には1人の女性が水着姿で写っている。

いわゆるグラビア雑誌というやつだった。


「はぁ……お前な。いくら光帝うちが自由だからって流石にこういう本はだめに決まってるだろ。仮にも生徒会に入ってる俺達に見せるとか馬鹿か?」


篤は本を取り上げ、呆れてため息をつく。

湊たちは生徒会と言っても風紀委員ではないのでこういった没収は積極的にしないし、多少の校則違反にも目をつぶる。

だが流石に目の前にそんな本を持ってこられたら動かないのも無理という話である。


「ああ!それは俺の聖書バイブルだぞ!」


「だからそれを学校に持ってくんなって!」


「あ、あはは……」


湊は2人の会話を聞いて苦笑いすることしかできない。

直哉は良くも悪くも男子高校生だった。


「みんなもそう思うだろ!?あれは俺達の聖書なんだ!」


直哉が叫ぶと男子陣は湊のように苦笑いを返し、女子陣はゴミを見る冷たい目で見つめている。

顔が整っているのに直哉が女子からモテない一番の理由であった。


「あ、あーそう言えば今日の朝、日和は会長と何を話してたんだ?」


この地獄のような空気に耐えられなくなった1人の男子が話題を変えるべく湊に話を振る。

湊もすぐにでもこの空気から逃れたかったのですぐに乗ることにした。


「挨拶運動の労いを少しね。後は篤が会長に緊張してたくらいかな」


「おいっ!それを言うなよ!」


篤は可愛い子は探すくせに美人な人に話しかけられると緊張する。

今朝も綾乃に話しかけられて若干声が上ずっていたのを湊は聞き逃していなかった。

教室がドッと沸きさっきまでの空気が弛緩する。


(おい……!恨むぞ湊……!)


(ごめんごめん。後で購買で何か奢るよ)


(ったく、今回だけだぞ?)


篤をなんとか手懐けた湊は心の中で更に頭を下げる。

雰囲気を良くするためには一番良かったとはいえ篤に犠牲になってもらったのは申し訳なかった。

篤の好きなコンビニアイスも追加しておこうと心に決める。


「それにしても日和と会長って幼馴染なんだよな?あんな美人と幼馴染とかいいな〜」


「アンタじゃ会長に釣り合わないでしょ」


「そうだけど夢に見るくらいいいじゃねえか〜」


だがその甲斐あってクラスメイトたちも楽しそうに話し始める。

その内容はやはり湊と綾乃が幼馴染であるということ。

湊と綾乃は入学当初から校舎内で会ったら立ち話などをしていたので美人生徒会長やイケメン新入生に惹かれた人たちが湊に質問責めにしておりクラス内では湊と綾乃の関係は周知の事実であった。

だが羨ましいという気持ちは消えないようでたまに冗談半分で言っている人を見かける。


別に湊自身何か危害を加えられているわけでもないし、付き合っていると冷やかされるよりは何倍もマシなので気にしていない。


「やっぱり夕凪会長って私生活からカッコいいの?」


すると女子生徒の1人が湊に質問してくる。

中々に気になる内容だったのか他のクラスメイト達の視線も幾分か集まっている。


「カッコいい、かぁ……」


湊はもちろん綾乃の素を知っている。

クールな人だと人に思われやすい綾乃だが表情豊かだし普通の女の子と何も変わらないことを。


(素を出しても綾姉ならみんなに好かれるに決まってるけど本人が隠したがってるみたいだし……ここは適当に話を濁しておこうかな)


「うーん、どうだろう?高校生にもなればプライベートで会うことも昔より断然少なくなるしさ」


「あー、確かに。わざわざ話を聞いてくれてありがとう」


「全然大丈夫だよ。これからもぜひ話しかけてくれると嬉しいな」


「ふふっ。そうさせてもらうね」


そしてようやく話は一段落した。

一つ息を吐いて篤たちを見ると篤が直哉の頭をグリグリとしていた。


「えっと……どういう状況?」


「こいつのせいで俺が生贄になったんだ。ちょっとくらいお灸を据えてもバチは当たらないだろう?」


「ぎゃあぁぁぁ!ちょっ、ヘルプ!頭割れる!」


だが小さい直哉がもがいても体がガッチリとしている篤から中々抜け出せない。

数分の格闘の末、直哉はようやく抜け出すことができた。


「はぁはぁ……よくもやってくれたな!?」


「アホか、こっちのセリフだわ!」


「生贄にしたのは湊じゃんか!そっちに怒ってよ!」


「そもそもお前が持ってこなければ済む話だろうがぁ!」


もう一度飛びかかろうとする篤を直哉はササッと躱す。

そして叫んだ。


「男子高校生にとっての五大栄養素は『パイ』、『尻』、『脇』、『うなじ』、『太もも』の5つだろうが!生きるための栄養を摂取して何が悪い!世間の常識だバカヤロー!」


クラスの空気は再び、いや先程より地獄へ変わる。

全てを諦めた湊は自分の席に座って、


(今日の綾姉の髪型変わってたけど何かあったのかな?まあ気分とかなのかな?)


と見当違いのことを考えていた。

乙女の心、鈍感知らずであった──

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