25 トラウマ②

 冷静を取り戻した後……、先生とくっついているこの状況がめっちゃ恥ずかしい俺だった。それに先生が俺に頼ってるような気がして……、なぜかそんな先生を守りたくなる。何をしたらいいのか全然分からないけど、それでも……可哀想な顔をしている先生を見逃すことはできないからさ。


 しばらくそのままじっとしていた。


「このまま、いっくんのそばで寝てもいいのかな…………?」

「それはダメです」

「ひん……」

「それで、何があったんですか?」

「寝不足……っていうか」

「寝不足? 神崎さんがですか?」

「そうよ。信じられないかもしれないけど、私ね……。三日間、全然寝られなくて、出かけようとした時に……急に眩暈がして倒れちゃったの……。多分、そうだったと思う」


 先生が寝不足……?

 でも、三日間寝られなかったのは寝不足って言うより、睡眠障害だと思うけど。

 めっちゃ疲れてるはずなのに、先生はずっと耐えてきたのか? 俺は全然気づいていなかった。普通、睡眠障害って言ったら疲れてるのが顔に出るはずだけど、先生はいつもと同じだったから……知らなかった。


 一緒に寝た時はぐっすり眠ったような気がしたけど、気のせいだったのか。


「実は……今日病院に行くつもりだったけど、見た通り……行けなかった」

「いつから……」

「私、成人になってからずっと……こうだったよ」

「ずっと?! ええ……」

「寝れない時は普通に薬を飲むけど……、なんか……副作用とかが怖くなってね。だから、たまにはアルコールの力を借りたりする……。でも、アルコールっていうのも毎日飲めるものじゃないから無理だった」

「そんな……」

「でも、もう限界! いっくんの前でいつも明るい顔で声をかけるのも、テンションを上げるのも、もうできなくなるほど疲れてしまってね。私、無理していたかもしれない」


 肩に頭を乗せる先生が俺と手を繋いだ。


「なぜ、そんなことを……」

「いっくんには私のそんな姿を見せたくなかったから、嫌われるかもしれないし」

「そんなことしなくてもいいですよ! 俺は神崎さんを離れたりしませんから!」

「うん。でも、私は早くいっくんと仲良くなりたかったから、ちょっと無理したかもしれない」

「仲良く? どうして……」


 そばに座っていた先生が俺の膝に座る。

 そして、目が合った。


「薬飲みたくない。アルコールも飲みたくない。でも、それを飲まないと私は寝れない……。方法がないと思ってたよ」

「はい……」

「でも、いっくんがそばで寝てくれると私寝られる。悪夢も見ないし、その温もりに癒されるから……早く仲良くなりたかったよ。そうすれば、きっとぐっすり眠れると思ってね」

「悪夢……」

「でも、いっくんにそんなことを頼むのは無理だったから……。一人でずっと耐えてきたよ」

「そ、そうですか」

「ごめんね。自分勝手なことを言って、私いっくんの立場など全然考えてない。あの日……、私のそばで寝てくれたあの日はすごく幸せだったよ。薬を飲まなくてもぐっすり眠ったから、悪夢も見ないから……。いっくんは大切な人だよ。私の……」

「神崎さん……」

「ごめんね、変な話をして。き、気にしなくてもいいよ。いい年して、生徒にこんな情けない姿を見せるなんて。私もバカみたい」


 頬を伝う涙が膝に落ちる。

 俺が友達と遊んでいる間、先生は……ずっと耐えていたのか。それを。

 そんな先生に俺は何もやってあげられなくて、すごく悲しかった。先生が笑ってほしかった。不安を感じないでほしかった。また、先生の可愛い笑顔が見たかった。そうするために、俺は何を……。


「泣かないでください。神崎さん……」


 いつも俺のためにいろいろやってくれる先生に、俺にできるのはなんだろう。


「こうやって、私のそばにいてくれるのが好き……。私はね、今までずっと一人だったよ。元彼にもちゃんと寂しいって言ってあげたのに、結局……私のそばにいてくれなかったから……。今はいっくんしかいない」

「はい。俺も神崎さんしかいないです」

「ほ、本当に……?」


 その可愛い顔が涙まみれになっている……。


「はい」

「実は……友達と映画観ないでって言いたかったのに、夏休みだから一緒にいようって言いたかったのに……。邪魔したくなかったから……」

「そ、そうでしたか」

「いっくんにもいっくんの人間関係があるから……言えなかったよ」


 そんなこと気にしなくてもいいのに……、先生はやっぱり優しい人だ。

 俺の人間関係を心配していたのか。


 本当に、バカみたいだ。

 行かないでって言ったら、俺も行かなかったはずなのに。

 もう見たくないよ、姿……。


 それは、トラウマになる。


「えっと……、よかったら! 俺……神崎さんが眠るまでそばにいます」

「えっ? い、いいの? そ、そんなことをしても」

「一緒に寝るのは無理ですけど……、眠るまで見守るだけなら……」

「私は気にしないから! そばで寝てもいいよ! いっくんは私にエッチなことしないから」

「と言われても、そばで寝るのはちょっと……」

「そして、うちの鍵もあげるからね! 夜になったら、うちに来て」

「は、はい……」

「あの……ほ、本当に眠るまでそばにいてくれるの?」

「はい」


 なんで、また聞くんだろう……。恥ずっ。


「えっ、どうしよう……。めっちゃ嬉しくて涙が止まんない! えっ……! 私、壊れちゃった! 涙が止まらない……」

「そ、そんなに嬉しいんですか? ただそばにいるだけなのに」

「うん! めっちゃ嬉しい! ねえ、ぎゅっとして!」

「それはダメです! 勘弁してください」

「こんな時はぎゅっとしてよ!」

「は、はい……」

「ひひっ♡」


 先生が喜ぶならそれでいい、今の俺はその笑顔を見るのが一番好きだ。

 そして、先生は弱い人だから……そばにいる俺が守ってあげないと壊れてしまいそうな気がする。今日みたいにな。


「好き……♡」


 涙を流していた怜奈は、伊吹を抱きしめながら笑みを浮かべていた。

 その顔もだんだん赤くなる。


「…………」

「あたたか〜い♡」

「く、くっつきすぎです。神崎さん……」

「へへへっ♡ いいじゃん〜」


 しばらくの間、先生が不安を感じないように……、そばにいてあげないといけないよな。バイト終わった後はすぐ先生と夕飯を食べて……、寝る時になったらすぐそばで見守る。これは全部先生のためだから、俺にできるのはこれしかないから、頑張って先生と過ごすこの時間を大切にしよう。


 そうやって、俺のルーチンに先生が入ってきた。


「そういえば、夕飯まだ食べてないよね」

「あっ、俺は今日いらないです……」

「そう……? じゃあ、今日はこの辺で寝ようか……」

「服、着替えてください! 私服のままですよ! 神崎さん」

「あっ、そうだったよね。うっかり、うっかり! じゃあ、いっくんが脱がして……♡」

「自分でやってくださいよぉ!!! 神崎さん!」

「へへっ」


 大切な……時間かぁ。

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