24 トラウマ
用事があって連絡できないのは当たり前のことだけど……、なぜ先生のことが気になるんだろう。午後の七時、家に着いた俺は先生の連絡を待っていた。一応鍵は持ってるけど、勝手に入るのはよくないから……、電話やラ〇ンが来るまでぎゅっとスマホを握っていた。
普段ならすぐ返事をするはずの先生が、今日は遅いな。
そう思いながら……壁に寄りかかってうとうとしていた。
「…………あれ? ね、寝落ちしたのか。俺……」
連絡が全然来ないからいつの間にか床で寝落ちした俺、時間は夜の八時半になっていた。そして、寝落ちする前に送っておいたラ〇ンの返事もまだ来ていない。どうしたんだろう……。もしかして、先生も疲れて寝ているのか? でも、そろそろ夕飯を食べる時間だから……寝るわけないし。どれだけ考えても連絡が来ない理由が分からない俺だった。
「そうだ。車!」
すぐ家を出た俺は、駐車場まで走って行った。
もし先生が家に来てるなら、きっとそこに先生の車が停まっているはずだから。
「あっ、やっぱりあるじゃん!」
でも、どうして……俺のラ〇ンに返事をしないんだろう。
車が駐車場に停まっているなら、先生も家に来てるはず……。まずは行ってみようかな? そして、ベルを押した時、中からどんな音も聞こえなかった。家に誰もいないようなそんな感じ……、なぜか不安を感じる。
この状況……、以前どっかで……。
「…………」
仕方がなくポケットに入れておいた鍵を取り出したけど、手がすごく震えていた。
念の為……もう一度ベルを押してみても、全然ダメだった。そして、家にいるはずの先生が連絡やベルに反応がないってことは……。それは、つまり……。大変なことが起こったってこと……。
そんなことしか思い出せなくて、すぐドアを開けた。
そして、玄関で倒れている先生に気づく。
スマホもバッグも全部床に落ちたまま……。多分……帰ってきたばかりの先生に何かが起こって、そのまま倒れてしまったかもしれない。俺にはそう見えた。連絡ができなかったのも、ベルに反応しなかったのも……、倒れて何もできなかったからか。
先生……。
一瞬、わけわからない恐怖に囚われて心臓がすごくドキドキしていた。
これは初めてじゃない。よく思い出せないけど……、なぜかその感覚だけは覚えている。
「か、神崎さん……? 神崎さん!? 大丈夫ですか!? 起きてください!!」
なぜか、大きい声で先生を呼んでいた。
それに、涙が出そう。なぜだ……?
「ううん……。いっくん? いっくんなの?」
「は、はい……。ど、どうしたんですか?」
「ごめんね。ちょっと…………あっ。いっくん……」
「はい」
「私をベッドまで運んでくれない? 体に……力が入らないから……」
「はい」
声に力がない。
一体、ここでどれくらい倒れていたんだろう。いつ帰ってきたのかすら分からない状態だから、一応……先生を持ち上げてベッドまで運んであげた。てか、先生の体軽すぎる。
体が細いってことは知っていたけど……、めっちゃ軽くて持ち上げる時にびっくりした。そして「ご飯はちゃんと食べてるの?」は俺じゃなくて先生に聞くべきだと思うけど……。玄関で倒れたのもそのせいじゃないのかな……? 本当にびっくりして一時は死ぬかと思った。
「…………」
まったく……。
一応、先生の熱を測ってみたけど、熱はないようでホッとした。
「ううん…………」
「大丈夫ですか?」
「…………」
「神崎さん?」
熱はないけど、汗をかいてる。
もしかして、悪い夢でも見てるのかな? さっきから表情も悪そうに見えるし、こんな時にどうすればいいのか分からなかった。そして……、苦しんでいる先生を見ただけなのに、なぜか涙が出てしまう。こういうの嫌いだから……、いつも笑ってほしいから、そんな顔しないで。また大切な人を失うのは嫌なんだよ……。
先生の前で、何もできなかった。
あの時の俺と同じだ。
そして、先生が俺の手を握る。
「なんで、泣いてるの? いっくん」
「えっ? 俺……泣いてるんですか?」
「すごく悲しそうに泣いてるよ? 今日……楽しくなかったの? いっくん」
「よく分かりません。楽しいかどうか、よく分かりません……。そんなことより! 神崎さん! どうしたんですか?」
「ごめんね。心配かけちゃって、……寝不足だっただけだよ。へへっ……」
ぎゅっと先生の手を握った。
さっきのことで……まだ手が震えているから。思い出したくない感覚を……思い出してしまったから。すごく怖かった。
卒業するまで、それを忘れようとしたのに。
倒れた先生を見て、すぐ思い出してしまったのだ。
「いっくん」
「はい……」
「いきなり、こんなことを頼んで……私も悪いと思うけど……。一つだけ聞いてくれない?」
「はい。なんですか?」
体を起こした先生がじっと俺を見ていた。
「私のことをぎゅっと抱きしめてくれない? いっくん」
「ど、どうして……?」
「そうしたら、私元気出せるかも……」
「は、はい……」
いつもの先生と違って、その話を断れなかった。
可哀想な顔をしている先生に「ダメ」とか言えるわけないから、さりげなく先生の体を抱きしめてあげた。そして、先生も俺の体を抱きしめてくれた。そのまま……、ベッドでじっとする二人。薄暗い部屋の中で……、俺たちは何もせずお互いの温もりと心臓の鼓動を感じるだけだった。
てか、俺が女子とハグをするなんて……変な感触。恥ずかしい。
「ごめんね、いっくん。私のせいでびっくりしたよね?」
「…………本当にびっくりしました。何があったんですか?」
「えっと……、えへへっ。あまり言いたくないけど……、ダメだよね……」
「当たり前です。あんな風に倒れていたのに、原因すら言わないなんて! 先生は素直な人が好きって言ったじゃないですか! すぐそばにいる人にそんなことを隠してもいいと思いますか?」
「わ、分かったよぉ……。怒らないで……」
「お、怒ってませんよ!」
「お、怒ってるじゃん……。ひん……」
「怒ってませんよ〜」
「…………」
そして、ぎゅっと俺を抱きしめる先生。
なんで……、力を入れるんだよぉ……。
「じゃあ、五分だけ! 五分だけこのままじっとしよう…………」
「は、はい……」
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