23 夏休み、初日②

 さて、このまま家に帰って先生と夕飯を食べようか。疲れてしまった。

 それに、せっかく映画を観にきたのにな……。二人のせいで全然集中できなかったし、お金をドブに捨ててしまったような気がしてすごく悲しかった。そういえば、水原は映画に全然集中しなかったように見えたけど……。ずっと声をかけられて、俺にポップコーンを食べさせるだけだったから……、なぜ映画を観に来たのかよく分からなかった。


 俺も何しにここに来たんだろう。


「楽しかったぁー!」


 何が?


「私も!」


 だから、何が?


「そうだ。みんな、プリクラ撮らない?」

「おっ! いいね!」

「行こう行こう!」

「よっし! 行こう!」


 ちょっと待って、晴人! 俺の意見は……? しかとかよ、晴人!

 ちょうど近いところにゲームセンターがあって、さりげなく俺を連れていく三人。

 プリクラだなんて、俺にそんなことできるわけないだろ。今まで撮ったこともないし、写真とか苦手だから……絶対嫌だった。


 とはいえ、こいつら……めっちゃ楽しんでいる。


「じゃあ、俺は結菜ちゃんと撮るから! 伊吹は京子ちゃんと撮ってくれ」

「はあ?! 二人で?」

「そうだけど、どうした?」

「いや、ちょっと……晴人。話をしよう」


 ゲーセンの隅っこに晴人を連れてきて、ちょっとだけ話をした。


「なんだよ! 晴人。俺、プリクラとか……。いや、その前に水原とそんなことするわけねぇだろ! どうして、二人で撮らないといけねぇんだよ! しかも、お前さっきからめっちゃ楽しんでるように見えるし……」

「いいじゃん、いいじゃん。京子ちゃん、伊吹のこと気に入ってるみたいだし……。彼女ができるチャンスだぞ? 伊吹!」

「俺、彼女とかいらねぇよ。てか、なんで俺が水原と…………」

「お前も一人じゃ寂しんだろ? 彼女ができたら楽しいことたくさん起こるはずだからさ。応援してるぞ」

「はあ……?」


 いきなり……、応援だなんて。どうしたんだろう。

 こいつ、もう水原には興味がないってことなのか。てっきり復縁したいとか、そういうことだと思ってたけど、晴人は今日……水原の方を見ていなかった。むしろ、今の状況を楽しんでるように見える。


「撮ろう! 伊吹!」


 仕方ないか。


 俺は……本当に何しにここに来たんだろう。

 そう思いつつ、水原とプリクラを撮った。

 わけ分からない恥ずかしいポーズをして……、結局二人でそれを撮ってしまった。


「可愛い!! へへっ」


 そして、俺と撮ったプリクラをすぐスマホに貼る水原。

 どうしてそうなるんだろう。


「へへへっ、私これ大事にするから!」

「あっ、はい」


 本人は満足してるみたいでよかった……。

 これも、思い出になるのか。分からない。


「ねえねえ、一ノ瀬くん」

「はい? どうしましたか、小林さん」

「結城くんが四人でファミレスに行こうって言ったけど、どうする?」

「行こうよ! 一ノ瀬くん!!!」


 テンションが上がった水原に、ビクッとする俺だった。

 てか、声高っ。


「い、いいえ。俺は……先に帰ります」

「えっ! 伊吹、帰るのか?」

「うん。そろそろ、家事とか……やらないといけないのがたくさん残ってるからさ。一人暮らししてるし」

「じゃあ、伊吹の家に行ってもいいのか?」

「それはダメだ……」

「えっ! どうして!」


 なんで、水原はそんなに積極的なんだよ。わかんねぇ。


「どうして? 四人で遊ぼうよ! 夏休みだし、せっかくみんな集まったからさ! ほら、京子ちゃんもまだ遊びたいって言ってるじゃん! 伊吹!!」


 さっきからずっと……、……お前どうしたんだ。

 もしかして、晴人のやつ。水原が俺のこと気に入ってるから……、結んであげるつもりなのか? そういうことなら断る……。なぜ……、俺がよく知らない人を満足させるためにそんなことをしないといけねぇんだ。


 映画を観る時も、そしてプリクラを撮る時も、晴人はわざと俺たちをくっつけてるような気がして不愉快だった。お前は「彼女ができるチャンスだぞ」って笑いながらそう言ってたけど、俺にはそんなのいらねぇんだよ。


 どうして、勝手にそう思うんだ?


 それに俺にはよく分からないことだけど、普通……別れた元カノを自分の友達と結んであげようとするのか? 別れた時点でこんな風に遊ぶのはできないと思うけど、二人の関係について何も知らないから何も言えない俺だった。


「きょ、今日は楽しかったです。また……また、遊びましょう」

「あ、あの! 一ノ瀬くん!」

「はい?」

「れ、連絡するからね!」

「は、はい……」

「また遊ぼうね! 一ノ瀬くん!」


 手を振る二人が笑みを浮かべていた。

 そして、俺も三人に手を振ってあげた。


「じゃあ、私たちも帰ろうか」

「えっ? ファミレスは行かないの? 二人とも」

「うん……。一ノ瀬くんも帰っちゃったし、そんなところに行っても楽しくないからね。今日は本当にありがと、晴人くん。おかげで一ノ瀬くんと映画が終わるまでくっつくことができたよ!!」

「あっ、うん……」

「でもね、私は伊吹くんともっと遊びたかったのに〜。惜しい〜」

「結菜ちゃん! 下の名前で呼ぶの!?」

「いいじゃん。伊吹くんいないし〜」

「ええ……。そっか! じゃあ、私も伊吹くんって呼ぶ! ふふふっ」


 楽しく話している二人を見て、晴人は何も言えなかった。

 ただ、その場でじっとするだけ。


 ……


 先生は今頃何をしてるんだろう。

 もっと早く帰るつもりだったけど……、みんなとゲーセンに行ってしまって予想以上時間がかかってしまった。


 一応、ラ〇ンは送っておいたけど……。

 なんか、返事が遅いな。普通なら「待ってるよ」とか「早く帰ってきて」とか、すぐ返事をしたはずなのに……。今日はすぐ既読状態にならない。今まで一度もこんなことがなかったから、余計に気になる。


 多分……、用事が終わってないから返事できないだけだろう。

 家まで時間がけっこうかかりそうだから、そう思うことにした。


 それより……女子たちと初めて遊んでみたけど、なぜか「楽しい」という感情を感じなかったような気がする。なぜだろう。映画を観て、ゲーセンに行って、プリクラも撮ったけど……。思ったことと全然違って……、あまり楽しくなかった。


 むしろ、先生と過ごした時間がもっと楽しかったかもしれない。

 よく分からない。なぜだろう。


「…………」

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