21 夏休みの予定

 暑い天気と自由、高校生の希望である夏休みがついににやってきた。

 ざわざわする教室の中。クラスメイトたちが「今年は何をしようかな?」と悩んでいる時、俺一人だけ……新しいバイトを探していた。先生にたくさんの思い出を作ろうって言われても、お金を稼がないと家賃払えないから無理だった。


 息をするだけでお金がなくなるからさ、世の中はそういうもんだ。


「あ、あの……! 一ノ瀬くん!」

「はい? どうしましたか? 水原さん」

「夏休み……予定あるの?」

「ああ。特に予定はないんですけど、バイトがあるんで……」

「あのね! 一緒に海行かない?」

「はい?」


 あれがあってから、廊下や教室でよく水原に声をかけられる。

 気になるところがあるんだとしたら、俺を見る時の雰囲気かな……。なんか、俺に期待をしてるような気がして、どうしたらいいのか分からなかった。バイトで海に行けないのもあるけど、そこに行ったら先生とたくさんの思い出を作ろうって言った約束を破ることになる。


 だから、今の俺には何もできない。

 そんな時間があったら、先生に使いたいからさ。


「よっ、二人で何話してるんだ? 伊吹と京子ちゃん」

「晴人くんじゃん! 今一ノ瀬くんに一緒に海行こうって誘ってるよ」

「へえ、それはいいな。俺も行きたいけど! ダメかな?」


 ちらっと京子の方を見る晴人、彼女はその合図に気づいた。


「いいね! じゃあ、私も友達呼ぶから四人で行こう!」

「ちょ、ちょっと……! みんな、俺はまだ行くって言ってないけど?」

「えっ? 行かないのか? 伊吹。高二の夏は戻ってこないぞ……? 惜しいと思わないのか? お前の人生!」

「大袈裟だ。そして、俺はバイトがあるから海に行く暇なんかねぇぞ。晴人」

「ええ……、ずっとバイトやってただろ? お前……たまにはお母さんに頼んでみればどうだ?」

「…………ちょっと、ジュース買いに行ってくる」


 お母さんの話に、俺はすぐその場を逃げてしまった。

 海かぁ……。俺もいつか行ってみたかったけど、そんな遠いところに行く暇なんかないからさ。そして、晴人にはまだ俺の事情を話してないから、お母さんの不在を知らないのも無理ではない。


 なんか、急に悲しくなる。

 さりげなく親にそんなことを頼める状況じゃないから、ずっと一人だったから……できないんだよ。

 お前が言ってること……俺にはできない。


「これ、新発売のジュースだって。飲んでみて」


 自販機の前でじっとしていたら……、五百円を入れる先生がさりげなくボタンを押した。

 なんで、先生はこんなタイミングで現れるんだろう。


「どうしたの? 元気なさそうに見えるけど」

「いいえ。あまり行きたくないところに誘われただけです」

「どこ?」

「海らしいです」

「ふーん。結城くんと水原さんかな?」

「はい」

「いっくんは友達と遊びたいと思ったことないの?」


 そう思ったことはあるけど、どうかな……。分からない。


「どうですかね。俺にもよく分かりません。でも、そんなことをしたら……先生に怒られるかもしれません」

「ううん……。一日くらいなら許してあげる。でも、それ以上はダメ! 夏休みは私と……知ってるよね?」

「もちろんです」

「それを守ってくれるなら、一日くらいいっくんに自由をあげるよ」


 一日くらいならいいってことか。

 誰と遊ぶのか知ってるはずなのに、意外と許してくれる先生だった。普通なら……絶対ダメって言うはずの先生が、今日は全然気にしていない様子だ。でも、あいつらは海に行きたいって言ったから、結局断ることになるよな。思い出って言えるようなことを一つもやってないし、先生にそう言われても、正直どうでもいいことだった。


 今までずっとそんな風に生きてきたから。


 ……


「なんで、水原さんが俺の席に……」

「一ノ瀬くんを説得させるためだよ!」


 なんか、積極的だな。水原。

 そして、晴人も……。目がキラキラしている。


「行こう、伊吹。海へ!」

「いや、一日くらいならいいけど……。それ以上はダメだ。俺にも予定っていうのがあるから理解してくれ」


 海で遊ぶんだから、一日は無理だよな。こうすれば、二人も諦めると思っていた。

 でも———。


「じゃあ、映画はどー?」

「あ! それもいいね! 京子ちゃん」

「だよね?!」


 海に行きたかったんじゃなかったのか、俺のために行きたい場所をすぐ諦めるなんて……普通に怖い。そんなことをしなくても、水原くらいの女子なら他にいい男と遊べるのもできると思うけど……。なぜ、なぜそこまで俺と一緒に遊ぼうとしてるんだろう。


 そして、それを許してくれた先生の方がもっと気になっていて、はっきりと言えない俺だった。いつも「そばにいて」って言うから、心に引っかかる……。本当に行ってもいいのかなと何度も自分にその言葉を繰り返していた。


 なんだ、この変な気分は……! この……悪いことをしてるような気分は。

 どうしたらいいのか分からない。


「ダメ?」

「あっ、あの……まずは……。ええ……、後で……」

「じゃあ、連絡先交換しようか! 一ノ瀬くん」

「あっ、あ……。うん」


 なんとなく水原と連絡先を交換してしまったけど、本当に……悪いことをしてるような気がした。変なことをしてるわけでもないのに、先生とあの約束をしてからずっと気になってしまう。


 なぜか、他の女子と連絡を取ったりすることに罪悪感を感じる。

 なぜだろう?


「じゃあ、後で連絡するね!」


 そう言ってから、教室に戻る水原。


「よかったな! 伊吹! 上手くいきそうだ! 頑張れ! 応援してるぞ!」

「…………」


 何を言ってるんだよ、晴人。


 ……


「というわけで……、水原と連絡先を交換しました…………。すみません」


 家に帰ってきた俺は、先生に全部話した。

 ずっと心に引っかかって居ても立っても居られない。誰かに嘘をつくのは好きじゃないし、先生もそういうの嫌がってるから。いいって言われても、不安を感じてしまう俺だった。


「そう? いつ行くの?」

「一応、夏休みの初日に行こうって言われました」

「そうなんだ。でも、どうしてそんな顔をしてるの……? 私は行ってきてもいいって言ったはずなのに」

「いいえ、なんか……神崎さんのそばにいるって約束をしたのに。他の女子と映画を見るから、よくないことをしてるような気がして」

「ふふふっ♡ 本当に……いっくんは優しい子だね。私との約束がそんなに気になるの?」

「は、はい……。一応、そうです」

「大丈夫。学生時代の思い出は大切なものだし、私はいっくんの学生時代を邪魔したくないからね。楽しんできて。そして、ありがと……。嬉しい」

「はい……」

「でも……、それ以上はダメってことくらいちゃんと知ってるよね? いっくん」

「はい! 知ってます」


 そして、先生は持っていた鍵を俺に渡してくれた。

 いきなり、家の鍵を?


「えっ? どうして、これを?」

「私もちょうどあの日に予定があるからね。夕飯はちゃんと作っておくから、もし私が帰ってこなかったら先に食べてて」

「は、はい……」

「そして、またデートをして、美味しいのたくさん食べよう。いっくん!」

「は、はい……!」


 先生の口で、デートって言うのか。

 恥ずっ。

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