17 二人きりの空間

 先生と一緒にいると良いことがたくさん起こる。

 旨い料理も作ってくれるし、お菓子も作ってくれるし、俺は信じられないそんな贅沢な生活をしていた。それに勉強をする時は人が多い図書館ではなく静かでエアコンもある自分の家でやってほしいってそう言われたから、天使そのものだった。図書館まで歩いて四十分くらいかかるし、行ってくるとすぐ疲れてしまうから、隣に住んでいる先生の話を俺は断れなかった。


 だって、エアコンあるし……。先生がお菓子とか作ってくれるから。

 他の選択肢がない。


「…………」


 というわけで、今日も……先生の机で勉強をしていた。

 そして、パジャマ姿でスマホをいじる先生がベッドで足をバタバタしている。


「どうしたの? いっくん」

「えっ? あっ、いいえ……。神崎さんは……その……、同じ空間に男がいてもあまり気にしないように見えて……」

「うん? そうだけど……、どうしたの? 私の服を脱がしたり、そばで寝たりしたいっくんがそんなこと言うの?」

「そ、それは……!」


 思春期の俺に、先生と同じ空間にいるこの状況は……ちょっと恥ずかしかった。

 ここにいるといろいろ良いこともあるけど、一番気になることはすぐ後ろに先生がいるってこと。知らないうちに、また変なことをされるかもしれないから、いつも緊張していた。


「ねえ、勉強は終わったの?」

「えっ? は、はい……」


 肩に手を乗せただけなのに、ビクッとするなんて……。バカみたい。

 俺、先生のこと意識しすぎじゃないのか? それに……先生が着ているショートパンツと俺にはほぼ下着に見えるキャミソールまで、さっきまでちゃんとパジャマを着ていたのにな! 目をどこに置けばいいのか分からない。少しは……俺の立場を考えてほしいけど、そう言ったらまた変態って言われそうだ……。


「あのね! 私たち、どっか遊びに行かない?」

「えっ? 遊びに……行くって、俺と神崎さんが?」

「そうだよ」


 そう言いながらさりげなく俺の膝に座る先生。

 すごく恥ずかしかったけど、俺にできるのは何もない。「膝に座るのはダメです」すら、俺は言えない。

 なぜか、そんな気がした。


「で、でも……。テストがまだ……」

「もちろん、行くのはテスト終わった後だよ」

「ああ……、はい。で、神崎さんはどこに行きたいんですか?」

「夏だし……、一緒に祭りでも行こうか?」

「でも、祭りに行ったら、同じ学校に通ってる人にバレるかもしれません」

「私、車持ってるから二人で遠いところに行こう」

「はい……。それなら問題なさそうですね」


 先生と一緒に寝たあの日から……、なんか……俺たちの距離が縮まったような気がする。膝に座ったまま腰に手を回したり、俺の方にさりげなく寄りかかったり、まるでカップルみたいなことをしている。


 いや、俺にはカップルに見えた。


 だとしても、俺が先生の体を触ったりするのはできない。

 そんなことはしない。

 ただ……、一緒にいるだけだから。


「浴衣、買おうかな〜。いっくんも甚平持ってないよね?」

「はい」

「じゃあ、テストが終わったら一緒に買いに行こう」

「い、いいです! 俺は……」

「私がそうしたいって言ってるのに、断るの? いっくん」

「は、はい……。一緒に行きましょう」

「そう……。いっくんは私の話通りにすればいい。そうしたらいいことばかり起こるからね? 知ってるんでしょ? いっくん」


 片手で頬を触る先生が、俺と目を合わせる。

 なんで、この小さい女性の前で俺は何もできないんだろう。

 そして、なぜ……俺にだけそんなに優しくしてくれるんだろう。分からない。


「はい。分かりました」

「よしよし……」

「子供じゃあるまいし、頭撫でるのやめてくださいよ……」

「私は大人、いっくんは高校生。私には子供に見えるよ。そして、頭撫でられるの気持ちよくないの?」

「…………そ、それはそうですけど……」

「ありがとうは?」

「あ、ありがとうございます」

「ふふっ、冗談だったのに。可愛いね、いっくん」

「…………」


 じっと、先生の方を見つめる。

 スマホで夏祭りが行われる場所を検索していた先生は、俺とくっついて離れようとしなかった。そんなことならベッドでしてもいいと思うけど、どうして俺の膝に座ってるんだろう。それに布の面積が少ないから、先生の足とか……、腕とか……、恥ずかしいところが見えてきてどうしたらいいのかよく分からない。


 女子経験ゼロの俺に、この状況は無理だよぉ……。

 勘弁してくださいよぉ……、先生。


「ここは……どうかな? 車で三十分くらいかかるけど、けっこう人気———。どうしたの? いっくん。顔が真っ赤だよ? もしかして、熱!?」

「い、いいえ。そんな……、あの! 神崎さん……それはベッドでしてもいいんじゃないですか? 俺……さっきから神崎さんとくっついてて、ちょっと恥ずかしいっていうか」

「女として見られるの?」

「えっ? いきなりな、なんの話ですか!?」

「私のこと意識してるんでしょ? いっくん」


 ニヤニヤしている先生。

 いや、さっきから俺とくっついてたから……、それを意識しない方がむしろおかしくないのか? やっぱり……、女子とこんな風にくっつくのはダメだ。いろんな意味でやばいんだから、何もできなくなる。


 それに、男だからすぐバレてしまいそうだし……。

 上手く説明できないそんなことがある……。


「べ、別に……」

「全部知ってるから、素直に話してもいいよ? ふふふっ」


 そう言いながら俺の太ももに手を乗せる先生。

 その顔を見ると、本当に全部知ってるみたいだ。それを必死に隠しても、結局バレてしまうからめっちゃ恥ずかしい。


 なんで、俺は……先生を見て———。

 どうしたらいいのか分からない。変態みたいだ、俺。


「ちょっと恥ずかしいだけです。本当にそれだけです!」

「ちょっとだけなの……?」

「す、すごく……」

「ふふっ♡ いっくんはね。は素直だけど、は素直じゃないね〜。もっと素直ならないと! 私は素直な人が好きだから!」


 右手で俺の頬を掴む先生が微笑んでいた。


「ふふっ♡」

「…………」


 完全に弄ばられている……。

 やっぱり、先生には敵わないのか……。


「テスト頑張ってね。それが終わったら、まず私と一緒にショッピングをしよう!」

「はい。そうします」

「う———っ! 可愛い! 私のいっくん♡! 頑張って!」

「あ、ありがとうございます。神崎さん」

「うん!!!」


 その後、頭……めちゃくちゃ撫でられた。

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