15 晴人の不安

「あのさ……、京子ちゃんいるのか?」

「京子ちゃん、さっき職員室に行くって言ったけど、どうしたの?」

「いや、なんでもない。ありがと!」


 なぜだ。なぜ、勝手に伊吹と話をしたんだ……?

 まずは俺と話をして、その後……ゆっくり考えてもいいだろ……。クッソ!

 ふと、先生に言われたことを思い出す。「それは本当に一ノ瀬くんのためなの」って。俺は……純粋な伊吹が変な女の子と付き合うのが心配だったから、伊吹のためにそうしただけだ。


 悪意などない。

 そんなことは……考えていない。

 これは、すべて伊吹のためだ! 俺はそう思っている。


「…………」


 それより気になることがあるけど、首のあの痕はなんなんだ……?

 この前までそんな痕はなかったはず、なぜあいつの首にあんな傷痕ができたんだろう……? それはどう見てもキスマークだろ? 一体、どんな女の子につけてもらったんだよ! 羨ましい! 俺が先生の方を見ていた時、お前は……そんなことをしていたのか? 伊吹。


 マジで、羨ましい。羨ましいんだよ……。

 なぜ、お前は……俺が持っていないのを全部持ってるんだ。

 いつも何も知らないって顔をして……、俺が絶対手に入れない物を簡単に手に入れて……。なんだよ、お前と俺は何が違うんだろう。


 そして、向こうから歩いてくる京子ちゃんに気づく。


「京子ちゃん!」

「あれ? 晴人くん?」

「京子ちゃん。ちょっと話したいことがあるけど!」

「わ、私も!」


 なんだ。なんで、京子ちゃんにも話したいことがあるんだ?

 少し不安を感じる。


「あのね、私……この前偶然廊下で一ノ瀬くんと会ったけど!」

「う、うん」

「晴人くん……。私のこと、一ノ瀬くんに言ってあげなかったの? 少し話をしてみたけど、私のこと全然知らないって顔してたよ? どういうこと……? 私は晴人くんにちゃんと言ってあげたのに……。一ノ瀬くんのことが好きって! そして、晴人くんもそう言ったじゃん。ちゃんと話してあげたから待ってみようって!」

「そ、それは……。伊吹にも事情があるからさ」

「私たちは……一体何をしてたの? 私はずっと……一ノ瀬くんのことを」

「お、落ち着いて! 伊吹に好きな人がいるから、俺も仕方がなかったんだよ! それを京子ちゃんに言ってあげると、きっと傷つくはずだから……。だから、俺は言えなかったんだ。それくらい理解してくれ。そして……、俺も女の子が苦手な伊吹がどうするのか反応を待ってたし、とにかく時間が必要だった」

「そんな……」

「でもさ、俺も京子ちゃんのこと好きだったよ? なぜ、伊吹のことを忘れられないんだ?」

「晴人くんは……一ノ瀬くんの代用品だから、好きにならない。ごめんね。付き合おうとか言っちゃったけど、ダメだったよ……。ごめんね」


 この女はずっと伊吹のことばかり考えていた。

 俺がずっとそばにいてあげたのに……、なぜそれで満足しないんだろう。悩みとかも全部聞いてあげたのに……、この女は一度も俺を見てくれなかった。いつも……、いつも伊吹だけ。頭の中には伊吹しか入っていない。そして……、俺と付き合ったことをただの遊びだと言っている。


 そう、ただの恋人ごっこ。


 俺のどこがダメだったんだろう。どれだけ考えても、俺には分からなかった。

 そして、この女はもうダメだ。


「きょ、京子ちゃん? 俺も聞きたいことがあるけど、もしかして……伊吹と喧嘩とかしたのか? 首に変な傷痕ができてさ」

「何言ってるの? 私のこと全然知らないって言ってたから……、何もできなかったよ? そして、傷をつけることなど私がするわけないでしょ?」


 そう、京子ちゃんは意外と単純な女だから嘘をついたりしない。

 その目を見れば分かる。

 じゃあ、そのキスマークは京子ちゃんがつけたことじゃないってこと。当たり前のことだけど……、なぜ京子ちゃんだと思ってたんだろう。復縁できないって知っていても、好きだったから忘れられないってことか。馬鹿馬鹿しい。


 俺もさ……、可愛い女の子と付き合いたいんだよ。

 ずっとずっと……、好きとか言ってあげて、そんな恋愛がしたかったんだよ。

 なのに、どうして伊吹にだけ……。好きって言ってるんだ。みんな。


「…………」


 こうなったら……、やるしかないな。


「あのさ、京子ちゃん。伊吹の好きな人…………教えてあげようか?」

「えっ? 知ってるの?」

「まあ、なんとなく……。知りたいのか?」

「うん! し、知りたい!」

「それは…………だよ」


 もう俺のことを見てくれないから、こんな女に執着する必要はない。

 そして、俺には……怜奈先生がいる。先生と…………付き合いたい! もういらないよ、今までありがとう京子ちゃん。

 あげるから、京子ちゃんに伊吹をあげる。


「誰? えっ? ちょ、ちょっと待って。神崎怜奈って、怜奈先生のこと? あの可愛い先生? 確かに、一ノ瀬くんの担任だったはず……」

「そうだよ」

「そうか……! 一ノ瀬くんの好きな人はあの先生だったんだ。だから、廊下で!」

「な、なんの話? なんの話だ! 京子ちゃん」

「二人で仲良く話してるような気がしてね。それに……よく見えなかったけど、一ノ瀬くんの首を触ってたような……」


 そんなことできるわけないと、絶対ないとそう思っていたけど、俺は真実から目を逸らしていたかもしれない。二人は仲がいいから、俺の知らないところであんなことをする可能性も排除できない。なぜか、そんな気がした。


 っていうことは……そのキスマーク、先生につけてもらったのか? 伊吹……。

 いや、二人は一体……俺の知らないところで何をしてるんだ。


「そして、伊吹のやつさ」

「うん?」

「前と違って……、今は女の子と話すことに少し慣れてるからさ。普通に声をかけてみて」

「えっ? 本当なの?」

「うん。まあ、京子ちゃんと普通に話してる時点で声をかけてもいいと思うけど。あいつ、そういうの苦手だったから……ずっと悩んでた」

「あ、ありがと! じゃあ、すぐ声をかけてみようかな! ふふふっ」

「…………が、頑張って!」

「うん! ありがと〜」


 バカ女……。

 俺と付き合ったら、そんなことで悩まなくてもいいのに……。

 まあ、いい。今の俺には先生がいるから。


 そして、伊吹のことよろしく頼む。京子ちゃん。

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