14 疑い

 学校にいる時はほとんど勉強ばかりで、晴人が来るとちょっと面倒臭いけど、話を聞いてあげたりして普通の学校生活を過ごしていた。てか、ゲームや同い年の恋話なら素直に聞いてあげるけど、あいつはいつも先生の話ばかりで……、いつ諦めるのかすら分からない。そろそろ、折れる時期だと思うけどさ。


「今日も……美しい! 怜奈先生!」


 でも、見た通り元気いっぱいだ。

 何があったのか分からないけど、落ち込んでいたと思ってたのは俺の勘違いだったかもしれない。もうすぐテストなのに……、こいつそばでニヤニヤしている。いいことでもあったのかな。たまに、一人で笑う晴人が怖くなる俺だった。


「あのさ、伊吹」

「うん?」

「伊吹は、恋愛とかしないよな?」

「えっ? いきなり恋愛? どうしたんだ? 晴人」

「いや……、ちょっと気になることがあってさ」

「気になること? 何それ」

「いや、伊吹にはまだ早いかもしれないな。もっと大きくなれ、伊吹」

「同じ高二なのに、何を言ってるんだ……? そんなことをする暇があるなら、勉強でもやっとけ」


 と、晴人にそう言ったけど……先生とあったことで俺も全然集中できない。

 なぜ、なぜ……先生の家で寝落ちしたんだろう。

 どれだけ考えてもそれは分からないことだった。思い返せば、勉強中じゃなくて家に帰ろうとした時だと思うけど。でも……、先生は勉強中って言ってたし……。どっちの記憶が正しいのかだんだん分からなくなってきた。


 それより……首のところが少しかゆいけど、どうしたんだろう。

 蚊に刺されたのかな。


「うん? どこ行くんだ? 伊吹」

「あっ、ちょっとトイレ……。首のところがかゆくて」

「うん? あれ? お前、蚊に刺されたのか?」

「そう見えるのか? やっぱり、蚊に刺されたのか……俺」

「でも……、いや…………。こ、これは……?」

「どうした? 晴人」

「いや、な、なんでもない。あはは……、俺もトイレに行く!」

「そっか」


 変なやつ、さっき何か思いついたような顔をしてたけど……。

 どうして、なんでもないって言うんだろう。

 そして、トイレまで歩いていた俺はふと水原のことを思い出してしまう。この前、いろいろわけ分からないことを言われたからさ……。それを晴人に聞いてみようかなと思っていた。


 でも、こいつが教えてくれるのかどうかは分からない。


「あのさ、晴人」

「うん」

「この前、水原に声かけられたけど」

「…………」


 この静寂はなんだろう。


「おい、聞いてるのか?」

「あっ、うん。聞いてる、聞いてる! あはは……」

「それで、水原にちょっと変なことを言われたけど……」

「うん」

「俺のことが好きだったとか、きっとチャンスがあるとか、そう言ってたけど。お前が水原と付き合う前に好きすぎてどうすればいいのか分からないって言ってたから、てっきり水原もお前のこと好きだと思ってたのに。どっちの話が正しいのか分からない。一応、水原も本気で言ってるような気がするし」

「それは……、あはは。なんだろう。多分、俺と別れた後……、寂しくなって伊吹を狙ってるかもしれない。前にも言ったけど、お前割とカッコいいからさ。それに頭もいいし、惚れるのも無理ではない」

「そうか」

「俺が京子ちゃんと別れたのは、そんなところが嫌だったからだ。付き合ってた時によく嘘をついてたから、顔は可愛かったけど、嘘つきはちょっと……」

「なるほど……。そんなことがあったのか」

「そうそう! 京子ちゃんはよく嘘をつくからさ」

「ふーん」

「俺! うっかりしていた用事を思い出して。ちょっと友達のクラスに行ってくるから!」

「うん。分かった」


 晴人は俺の友達だし、俺は今まで水原と話したことないから、まずは友達の話を信じることにした。そして、俺なんかに「好き」とか……そんなこと言える人いるわけないだろ? もし、そんな人がいるなら多分———。


「お昼はちゃんと食べたの?」


 なんで、こんなタイミングで出てくるんだろう。先生は。


「はい。食べました」

「そうか? ふふふっ」

「先生、今日……なんか気分良さそうに見えますけど……、いいことでもあったんですか?」

「どうかな? あれ? いっくん、蚊に刺されたの?」

「これ、俺には見えないんですけど……。今ちょうどトイレに行こうと……」

「じゃあ、じっとしてて」

「はい?」


 そのまま写真を撮る先生……。

 それを確認した俺は、首筋に真っ赤な痕ができたことにショックを受けた。蚊ってすごいな……。俺そんなにかゆくなかったけど、その痕は俺の親指よりも大きかったような気がする。


 それに、俺……全然気づいていなかった。

 いつ……こんな痕ができたんだろう。


「肌を掻くのはよくないよ。その痕がもっと大きくなるかもしれないし、それにもっとかゆくなるかもしれないから」

「はい……」

「絆創膏でも貼ってあげようか?」

「持ってるんですか?」

「うん。いつも持ってるよ?」

「ありがとうございます。すぐトイレで貼ってきます!」

「私が貼ってあげるから、この教科書持ってて」

「は、はい……」

「あご上げて」

「はい……」


 そういえば、俺はなぜ先生にこれを頼んだんだろう。

 やっぱり、自分でやった方がよかったと思う……。人の多い廊下で先生が絆創膏を貼ってくれるのはちょっと……。まあ、別に変なことでもないし、ただ絆創膏を貼ってくれるだけだからな。いいか……。


 それくらい……、分からない!


「…………」


 それより、天井しか見えないのに、恥ずかしくなるのはなぜだぁ!!

 なんで、先生に触れただけなのに、こんなに照れてるんだろう。俺は……。


「次は蚊に刺されないように注意してね。一ノ瀬くん」

「は、はい……」

「ふふっ♡」


 やっぱり、先生の笑顔は可愛い。負けたぁ……。


「…………うん? 一ノ瀬くん……と先生?」


 その姿を通りすがりの京子が見ていた。

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