11 水原京子

 先生には責任を取るって言っておいたけど、俺はあの時のことを忘れられなくて今日一日エッチなことばかり考えていた。思春期の高校生にそんな刺激は良くない。そして、どれだけ考えてもなぜそうなったのか分からなかった。


 俺は……、無防備な先生の服を脱がすほど最低な人間じゃないから。

 でも、起きた時には下着姿の先生が俺を抱きしめていた。それだけは……変わらない事実だった。


「はあ……、なんでこうなってしまったんだろ———っ!」

「あっ!」


 そして、曲がり角から出てくる誰かとぶつかってしまう。

 まずい。考えすぎて、前を全然見てなかった。


「す、すみません……」

「いいえ。私の方が……。あれ? 一ノ瀬くん…………」

「あっ。水原さん?」


 水原京子みずはらきょうこ、彼女は晴人の元カノだ。

 ちょうど晴人のところに行こうとしたけど、なぜあいつの元カノとぶつかったんだろう。挨拶以外水原と話したことないから、どんな人なのかよく分からない……。でも、晴人が言った通り可愛い女の子だった。


 あいつ、可愛い女の子めっちゃ好きだからさ。


「一ノ瀬くん……!」

「えっ」

「ちょっと……、話したいことがあるけど。いいかな?」

「はい……」


 晴人の話か……? もしかして……また付き合いたいとか、そういうことかな。

 そのまま俺を人けのないところに連れてきたけど、なぜか何も言わない水原。

 空気が重い。


「水原さん? どうしたんですか? 話したいことって……」

「ねえ、一ノ瀬くんは……。私に興味ないの?」

「はい? いきなり……、なんの話ですか?」

「うん? なんの話って。私は晴人くんに……、一ノ瀬くんのことが好きって言ったけど」

「はい? それは初耳ですけど、誰かと間違ったり?」

「そんなことないよ。あれ……?」

「でも、俺は……、水原さんのこと全然知らないんですけど……。覚えているのは顔だけです。晴人の元カノだったから」

「そんなわけない! 私は……晴人くんにちゃんと話したよ? 一ノ瀬くんのことが好きだから……、声をかけてくれないって! 私は恥ずかしくて……そうできなかったから、代わりに声かけてって!!」


 なんの話だ。晴人は水原と付き合う時……、好きすぎてどうしたらいいのか分からないって言ってたぞ。好きな人ができるとこんなにドキドキするのかって……、俺にそう言ってたのに。なぜ、水原は俺のことが好きって言ってるんだ……? 二人はいつも教室でくっついてたのに、どうしてこうなったんだ……? また……面倒臭いことが起こりそうな気がして、少し緊張していた。


 てか、本当にそんなこと言われたことないからさ。


「すみません。俺……、水原さんのこと全然知らないし。晴人にもそんなこと言われたことないんで……。話はそれだけですか?」

「…………えっ? 私はずっと我慢してたのに、ずっと……、ずっと…………、チャンスが来ると思って我慢してたのに! 晴人くんも、私にそう言ってたよ! きっとチャンスが来るって! だから……、それを話すために階段で晴人くんを待っていたのに。本人は……、私のこと全然知らないって。どういうこと……? 私は……ずっと待っていたのに……」


 その目、少し悲しそうに見えた。


「それを俺に聞いても……」


 水原に何があったのかは分からないけど、俺とは関係ないと思う。

 それに、晴人のやつ……俺の知らないところで何をしてるんだろう。水原も嘘をついてるようには見えないし、一体二人の間に何があったんだ……? 俺はどうしたらいいんだろう。そして、選択肢は一つしかなかった。二人と関わりたくないから、なるべく俺とは関係ないってことをアピールするしかない。


「あれ? 喧嘩をしてるのかな……?」


 すると、後ろから聞こえる先生の声。


「…………先に戻るから! 一ノ瀬くん」

「は、はい……」


 そう言ってから急いで教室に戻る水原、先生が俺の方に歩いてきた。


「さっきの女の子と何を話してたの? いっくん」

「…………な、何も……!」

「嘘をついたら……私に怒られるよ? 反省文書きたい?」

「……っ」


 素直に話したら怒られそうだけど、先生にそれを隠す必要はないから全部話してあげた。


「ふーん。そうなんだ。あの子の話と結城くん話が違うから、どうしたらいいのか分からないってことだよね?」

「はい……」

「念の為、聞いておくけど……。あの子に興味あるの?」

「いいえ。俺は……誰かと付き合うなんて、無理です。どうしてそんなことを聞くんですか? 先生」

「責任を取るって約束をしたいっくんが、私の知らないところで……女の子とイチャイチャするのが嫌だったから」

「そんなことしませんよ」

「そうだよ。いっくんはね、他の女の子……見ちゃダーメ!」


 そう言いながら、俺の頭を撫でる先生だった。


「なんで、そうなるんですか〜」

「だって、いっくんには私がいるんでしょ……?」

「それ……どういう意味ですか……? 恥ずかしいこと言わないでください!」

「それは自分で考えてみて♡」

「もう……意地悪いですね。先生は」

「私はいっくんのことを信じているよ? 私を裏切ったりしないって、信じている」

「俺も……先生のこと裏切ったりしませんよ。怒られるの嫌だから……」

「私、そんなに怒ってないよ〜」

「ええ……」

「そして、あの子のことは気にしなくてもいいと思う。でも、何かあったらすぐ私に話してね」

「はい。そうします」


 俺とこんな風に話せる人は多分先生しかいないと思う。

 ここ数日間、先生は俺の一部になってしまったから。

 そして、俺の人生で一番仲良くなった異性……それも先生だったから。まさか、こんな日が来るとはな……。今はさりげなく電話やラ〇ンをして、いつも先生が作ってくれたお弁当を食べて、バイトが終わると先生の家で一緒に夕飯を食べる。


 そんな生活を続けていた。


「そして、今日のお弁当も愛情たっぷり込めたからいっぱい食べてね♡」

「は、はい……。いつもありがとうございます!」


 それは……まるで先生と付き合ってるような、そんな雰囲気だった。

 なんだろうな。


「バイバイ〜」


 手を振る先生が笑みを浮かべながら職員室に戻る。

 そして、俺もそんな先生に手を振ってあげた。

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