10 手がかり

 怪しい、どうして怜奈先生は伊吹と仲がいいんだろう。

 どれだけ考えてもそれだけはよく分からなかった。そもそも伊吹と仲よくなる人は俺と先に仲よくなるから、俺と仲よくならない怜奈先生がちょっと不思議だった。俺のどこがダメなんだろう……? 何が足りないんだろう……? 先生が伊吹の前で可愛い顔をする理由……、俺は知りたかった。


 俺にはそうしてくれなかったから。


「あっ、怜奈先生だ」


 そして、外を歩く時、俺はベンチでお昼を食べている先生に気づく。

 マジで可愛い。一人じゃ寂しくないのかな、俺も先生と一緒にお昼を食べたい。


 その時だった。先生に声をかけようとした時。


「あれ? あの弁当箱は……」


 どっかで見たことある先生の弁当箱。

 よく考えてみると、以前伊吹が持ってきた弁当箱と同じだった。確かに、手伝ってあげたお礼としてお弁当を作ってもらったって言ってたよな。もしかして……、その人は先生だったのか……? いやいや、二人が同じ弁当箱を持ってるだけなのに、そう考えるのはさすがに無理だよな。


 でも、先生はいつも伊吹の方を見てたから……。それが気になる。

 この前にも俺と話していたのに、伊吹が来たらずっと伊吹の方を見ていた。

 その空気を……俺は読んでいたから。


「れ、怜奈先生!」


 だから、確かめることにした。

 あの時、伊吹が持ってきたお弁当のおかずを覚えているから。

 先生が持ってきたお弁当を見ると分かるかもしれない。


「結城くん、お昼は食べたの?」

「は、はい! 先生は今食べるんですか?」

「そうだよ〜。仕事があってね」


 ちらっと、先生のおかずを見る。

 そして、二人のお弁当が一緒だったのを自分の目で確かめてしまった。

 それは……先生が作ってあげたお弁当だ。俺は伊吹の友達だから、あいつが料理できないのをちゃんと知っている。そんなことができる人なら……、同じお弁当を食べている先生だけだ。


「どうしたの? 結城くん」

「いいえ。伊吹のお弁当と一緒だなと思って」


 探りを入れた。


「そうかな? へえ、一ノ瀬くんも料理をするんだ。いいね〜」

「いいえ。弁当箱とおかずまで一緒なんですけど……」

「そうなんだ〜。不思議だね〜」

「怜奈先生は……その……伊吹と仲がいいですよね?」

「私は生徒全員と仲よくしようとしてるよ? どうしたの? いきなり」

「先生は……伊吹にだけ。他の人には見せない顔をしてるような気がします」

「勘違いだよ。私がそんなことをするわけないでしょ? ふふっ」


 いや、分からない。先生が何を考えているのか全然分からない。

 いつもと同じ笑顔だけど、違う……。なんだよ、伊吹。お前と先生の間に……なんの秘密があるんだ? 俺はお前の友達なのに、分からない。知りたい。伊吹の友達として、心配だよ。今まで伊吹に近寄った人は全員俺が確かめてあげたから、伊吹は人と話すのが苦手なんだよ。


 だから、俺がもっとしっかりしないといけない。

 俺は、伊吹の友達だから。


「そういえば、結城くん」

「はい……?」

「最近、教室でくっついたりしないね。京子きょうこちゃんと……喧嘩したの?」

「えっ? どうして、そんなことを……?」

「ううん……。前に廊下を歩いていた時ね……、二人が仲よく話しているのを見たからかな……?」


 なんで、先生が京子ちゃんを知ってるんだ。

 一応、うちのクラスじゃないし、そして先生は一年生の時にここにいなかったぞ。

 なのに、どうして京子ちゃんの名前を。


「結城くんは……一ノ瀬くんのそばで、いつも一ノ瀬くんのために頑張ってると思うけど、それは……一ノ瀬くんのためなの?」

「…………」

「知りたいよね? なぜ、私が一ノ瀬くんと同じ弁当箱を持っていて、同じおかずを食べるのか。知りたくて、知りたくて、我慢できないよね? 結城くん。だから、わざと一人で食べている私に声をかけたよね? 私たちの関係が知りたいから」

「先生……? どうして、そんなことを言うんですか?」

「ううん……。そうね、なぜ私に探りを入れるのかな? 結城くん」

「…………」


 なんだ。その「最初から全部知っていた」って言ってるような顔は……。

 京子ちゃんのこととさっきの話。もしかして……俺が伊吹にやったことを全部知ってるってことか? 今まで誰にもバレたことないから……、少し慌てていた。先生のその目はどこまで見ているんだろう。


 でも……、普通の人じゃなさそうな気がして、少し興奮していた。

 そんな先生が好きすぎて、どうしたらいいのか分からない。ドキドキする。


「あの……!」

「でもね、私も知りたかったよ。結城くんがしょっちゅう一ノ瀬くんと一緒にいるから、そばにいる友達はどんな人なのかなって。ちょっと調べてみたけど……、結城くんは一ノ瀬くんに悪いことをしていると思わないの?」

「な、何をですか?」

「言わなくても分かってるんでしょ……? でも、私はね。そんなことで怒ったりしない。むしろ、感謝している。あの子にはがあって、今は勉強に集中しないといけない時期だからね。そして、結城くんの欲求を満たすために一ノ瀬くんを利用するのは構わないけど、もし害を及ぼすなら———」


 空気が重い、これは俺が知っている怜奈先生じゃない。

 なんでだ。なんで、先生はそこまで伊吹のことを……。

 俺は……伊吹より下ってことか? 先生……、それは違いますよ……。


 怜奈が、動揺する晴人に気づく。


「あはははっ、面白い人だね。結城くんは」

「はい?」

「なんでもない〜。いつも感謝してるよ? 結城くん。でも、一線を越えるようなことはしないで」


 そう言いながら、俺の頭を撫でてくれる先生だった。

 撫でてくれた……。

 俺の頭を……。


 好きだ。

 いけない、先生のことが欲しくなった。欲しい、欲しいんだよ。


「先生!」

「うん?」

「やっぱり、俺は先生のことが好きです!」

「ごめんね。私、好きな人がいるから」

「…………」


 そんなこと関係ねぇよ。

 奪えばいいだろ。

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