9 アルコール②

 週末の朝、目が覚めた俺は自分が見た状況を受け入れられなかった。

 どうして……先生が俺のそばで寝ているんだろう。

 昨日……ちゃんとベッドに寝かせたはずのなのに、今俺にくっついてすやすやと寝ている。何があったのかは分からないけど、先生が起きたら俺の人生も終わってしまう。それだけはちゃんと知っていた。


 なぜなら……、服を着ているはずの先生が下着姿のまま俺のそばで寝ているから。

 まさか、俺が先生に変なことでもしたのかと……不安を感じる。


「…………」


 仕方がなく、早くその場を離れようとした時、先生が俺の手首を掴む。

 起きたのだ。


「お、おはよう……。い、今何時……?」

「七時……十二分です」

「そうなんだ……。ねえ、どこ行くの? いっくん」

「い、家に……」

「土曜日だし、もうちょっと一緒にいよう…………」


 手首を引っ張る先生が俺を倒して、そのまま目を閉じる。

 それから数分後、再び目を開けた。


「あれ? 私……下着しか履いてない…………」


 朝の七時半、先生は自分の姿を自覚した。

 そして、顔が真っ赤になっている俺に気づく。手首を掴んだまま寝ていたから、先生から目を逸らすのもできないし、離れるのもできない。つまり……先生の方をずっと見ていたってことだ。


 この状況がすごく怖い。


 薄紫色の下着と……なぜか脱いでないストッキング。エロすぎるのに、目を逸らせない。

 そうやって、二人の間に静寂が流れた。


「いっくんの……エッチ」

「えっ!」

「私の服をぬ、脱がしたのはいっくんなんでしょ……?」

「い、いいえ! お、俺は……俺は神崎さんのことが心配でここで寝てただけ……」

「———取って」

「はい?」


 今すぐにでも泣き出しそうな先生に、俺は何も言えず布団をかけてあげた。

 昨日、一体何があったんだろう。


「あの……神崎さん。まずは……」

「責任、取って……! 私のこと、めちゃくちゃにしようとしたでしょ……?」

「責任……。えっ! 俺は! 何も……」

「責任を取ってよ……! これからもずっと……、私のそばにいてくれるって約束して。そうじゃないと…………」

「じゃないと……」

「……うっ」


 静かに涙を流す先生、頬を伝う涙がぼとぼと膝に落ちていた。

 本当に何があったのか分からないけど、一応……先生のことをどうにかしないといけない。俺は……知らないうちに先生の服を脱がして、そばで寝かせたのか? そんなことが本当にできるのか? 全然思い出せないから、どうしたらいいのか分からない。


 ただ、先生の涙を拭いてあげるだけだった。


「ま、まずは……服を着ましょう。神崎さん。下着姿じゃ風邪ひきますよ」

「約束は……? してくれるの?」

「その責任って、そばにいることだけですか?」

「うん……。これからもずっと……私のそばで一緒にいるんだよ。卒業しても、就職しても……、ずっと私のそばにいるんだよ。難しくないでしょ?」

「一応、分かりました。でも、神崎さんは結婚とかしないんですか? いや、その前に俺とずっと一緒にいたら、彼氏とか……好きな人ができた時はどうするつもりですか?」

「いっくんがそばにいてくれるなら、そんなのいらない。結婚もね、いっくんとすればいい」

「…………」


 俺、今すごいことを言われたような気がするけど……?

 でも、結婚とかそんなことは無理だと思う。

 どうせ、いつか気が変わって、良い人と出会うはずだから……。今は……。


「できないの……?」

「えっと……」

「私は元カレと付き合った時も、こんなことしなかったから……。服を脱がされたことないから! 私! だったよ! それに、男の子の前でこんな恥ずかしい格好……」

「…………」


 真っ赤になった顔で声を上げる先生に、頭の中が真っ白になってしまった。

 ここは、分かったと答えるしかないな。

 泣いている先生を放置するのもあれだし。


「はい。分かりました」

「…………本当?」

「はい。神崎さんに悪いことをしましたから、そばにいてあげることくらいできると思います」

「じゃあ、ハグして仲直りしよう……。朝から声上げて……ごめんね」

「いいえ。俺の方こそ、すみません」


 ぎゅっと伊吹を抱きしめる怜奈、彼女はこっそり微笑んでいた。


「この約束は死ぬ時まで続くんだよ……。いっくん」

「こ、怖い……」

「ふふっ♡ 服を脱がしたいっくんが悪いんだよ……。わ、私がいっくんに大好きって言ったのは事実だけど……、だからって服を脱がすのはダメ! それはもっと仲良くなってから……」


 仲良くなったら、先生の服を脱がしてもいいってことか?

 なんの話だ。

 

「そんなことしませんよ。そして……、二度と神崎さんの家には来ませんから。心配しないでください」

「なんで?」

「なんでって……。今日みたいなことがまた起こったらどうするつもりですか?」

「責任を取るって約束してくれたから、構わない」

「ええ……。じゃあ、その代わりに俺も一つ言っていいですか?」

「何?」

「神崎さん、俺と一緒にいる時はお酒禁止です」

「お、お酒禁止なの!? 私、お酒強いんだから!」

「禁止です」

「……ひん、分かったよ。いっくんと一緒にいる時は飲まない! 約束!」

「はい」


 てか、俺たちいつまでこんな恥ずかしいことをするんだろう。

 先生の肌、暖かくて柔らかくて、俺すごく恥ずかしいんだけど……。本人はそれを全然気にしないみたいだ。それに、女子を抱きしめるのは初めてだからこの感触はよくないと思う。本当によくない。


 これは絶対口に出せないことだけど、先生……意外と大きかったからさ……。

 俺は、やっぱり変態だったのかな……。

 それより、体はこんなに細いのに、なんでそんなに。いや、やめよう。馬鹿馬鹿しいことは考えないように。


「いっくんって温かくて気持ちいいね」

「それも禁止です」

「ええ……ケチ!」


 アルコールのせいで、俺は先生と変な約束をして、覚えてはいけない感触を覚えてしまった。


「ねえ、いっくん。お昼まで私のベッドで寝ない?」

「正気ですか。てか、早く着替えてください」

「ひん……」


 これは全部アルコールのせいだ。


「ねえ、これからもずっと一緒だよね?」


 シャツを着る先生が俺を見ていた。


「…………」

「一緒だよね?」

「は、はい……」

「うん!」


 なんで、二度聞くんだよ……。

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