7 下心

 怜奈先生はどうしてそんなに可愛いんだろう。

 今まで見てきたどんな女子よりも可愛くて、そんな先生を見るたびに……心の底から何かが湧いてくる。「好き」という感情がずっと俺を苦しめていた。その優しい言い方と純粋な笑顔はたくさんの男たちを落としている。


 俺は、それが嫌だった。

 みんなに優しくしてあげるのが嫌だったんだ……。俺にだけ、俺にだけ優しくしてほしい。俺も先生になでなでされたいんだよ! 伊吹だけじゃなくて、俺のことも見てほしかった。


 でも、先生と仲がいい人は俺じゃなくて、俺の友達伊吹だった。

 それがすごく羨ましい。主人公はいつもあいつだったから、ただのエキストラだった俺はそれが気に入らなかった。なぜ、伊吹にだけそんなことが起こるんだろう。俺も……、怜奈先生と仲よくなりたいのにな。


「また、先生を見てるのか? 晴人」

「…………うん。先生のことが好きだから」

「そうか」


 白色のブラウスに黒色のスカート、いつ見ても可愛い。エロい!

 そして、授業が終わった後、俺は先生がよく行く自販機まで走っていった。

 なぜそんなことをしたのかは分からない。ただ、先生と話がしたかったから……少しだけでもいいから、なんでもいいから、話がしたかった。この前……三人で話した時のことをまだ忘れていない。先生が俺の方を全然見てくれなかったから、それがすごく気になる。


 本当に、俺には興味がないのか……?

 いつも先生のことを目で追っていたから、それが知りたかった。

 そして、伊吹にも頼んでみたけど、「特にない」とか送ってるし。もう我慢できなくて、あの自販機まで来てしまった。彼氏がいるって知っていても、好きなものとか特にないって言われても、俺は止まらなかった……。多分……限界だったかもしれない。


 俺は、先生のことがすごく好きだ。


「あれ……? 結城くん? ジュース買いに来たの?」

「れ、怜奈先生! あの!」

「うん。どうしたの?」

「えっと……」


 緊張して、声が出てこない。

 すごく綺麗で、すごく可愛い。この感情は……やっぱり恋だった。


「ふふっ。ねえ、結城くんは……もしかして私のこと好きなの?」

「えっ? ど、ど、どうして! それを……!」

「なんでびっくりするんだよ〜。付き合いたいとか、そう言ったのは結城くんの方でしょ?」

「そ、そうですけど……。最近! 元気なさそうに見えて…………」

「あ、それなら大丈夫だよ。彼氏と別れたばかりだから、感情のコントロールができなくてね。顔に出てた?」

「すごく……」


 あれ? じゃあ、今は……彼氏がいないってことじゃん。

 ひょっとして、これはチャンスなのか? 先生に告白をするチャンスなのか!?

 早く……先生に!


「あの! 怜奈先生、今……好きな人いないんですよね? 別れたばかりだから」

「ううん。いるよ?」

「えっ?」


 ちょ、ちょっと待って。

 別れたばかりなのに、もう好きな人ができてしまったのか? なんでだ。

 俺みたいな男にはチャンスすらないってことなのか、なぜ……こうなったんだ。


 その相手は、一体誰だ?


「そんな……」

「私のこと……気遣ってくれる人がいてね。あの人に私のをあげたい……と思ってるよ」


 全部……? 先生の全部なら……、あんなことやこんなことまで全部?

 それが誰なのか俺には分からないけど、なぜか先生とベッドにいる姿を想像してしまった。全部だなんて、そんな……。

 その相手が……、すごく羨ましかった。


「たまにね、私のこと好きって言ってる生徒がいるけど……。私にはすでに好きな人がいるから。困る…………」

「…………」

「結城くん……? 大丈夫?」

「え、えっ。は、はい……」

「そして、前にも言ったけど……ごめんね」

「…………」

「でも、———」

「はい?」

「なんでもない」


 小さい声で話す先生、何を言ったのか全然聞き取れなかった。


「おっ? 晴人と先生、ここで何をしてるんですか?」

「あら、一ノ瀬くん。お昼は食べたの?」

「はい」

「美味しかったの?」

「はい。先生は? またコーヒーですか?」

「そうだよ〜」


 なんだ。この雰囲気……、二人は本当に仲がいいな。

 仲が……いい。

 あれ?


「一ノ瀬くんは何飲む? いつものあれ?」

「はい。これが一番安いんで……。あははは……」

「たまには他のジュースも飲んでみて! 美味しいのたくさんあるから」

「ええ、俺はこれでいいんですよ」


 なんか、俺……透明人間になってるような気がするけど。

 ちゃんと二人の後ろに立っているのに、どうして……距離感を感じるんだろう。先まで俺と話していた先生が今は伊吹と話している。しかも、めっちゃ楽しそうに話している。俺と話す時と全然違って、伊吹のそばでくすくすと笑っていた。


 まさか、先生の好きな人って———。


「お〜い、晴人」

「あっ! あ、うん!」

「何してるんだよ、晴人。さっきからずっと呼んでたのに」

「そ、そうだったのか? ごめん。ぼーっとしてた」

「なんだよ。お前は飲まないのか?」

「あっ、俺はいい」


 ちらっと後ろにいる先生を見た。


「…………」


 気のせいじゃない、先生は伊吹の方を見ている。

 なんだよ。二人は一体……、どんな関係なんだ。


「どうしたんだ? 晴人。お前らしくないぞ、チャイム鳴いたから教室に戻ろう」

「う、うん」


 いや、そんなわけないだろ。

 そんなこと、あってはいけない。


「…………」


 飲んでいたコーヒーをゴミ箱に入れた後、伊吹の後ろ姿をじっと見つめる怜奈。

 彼女は「ふふふっ」と笑っていた。


「今日も……頑張って仕事してみようかな♡ でも、早く家に帰りたい……」

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