6 生き甲斐②

「さっきからずっとスマホを見てるけど……、誰と連絡してるの?」

「えっ? 友達の晴人です」

「結城くんか……。ねえ、私といる時は……スマホ見ないでほしい……。でも、大事な連絡なら…………」

「す、すみません。ちょっと面倒臭いやつなんで、すぐやめます」

「ふふっ、そうなんだ。ありがと」


 てか、こんな時間に誰かと一緒に帰るのは初めてだ。

 いつもスマホをいじりながら歩いてたこの道が今日は少し違うような気がした。すぐそばに先生がいるからか……。でも、スーツ姿の先生と一緒に歩くのはやっぱり恥ずかしいな。それに、この雰囲気……どうしたらいいのか分からない。


 会話が途切れて、何も言わず道を歩いている二人。

 手の甲が触れそうな距離、俺は少し緊張していた。


「あっ。神崎さん、今日のお弁当ありがとうございました。すごく旨かったです」

「よかったね。いっくんのことが心配になって、朝早く起きていっくんのを先に作ったよ」

「そ、そんなことしなくても……。あの! 神崎さんの料理はすごく旨かったんですけど、もうお弁当とか作らなくてもいいです。自分でなんとかしますから」

「嘘。そして、私が作ってあげたいって言ってるのに……ダメなの?」

「でも……、俺のお弁当を作ったら俺の分までお金を使わないといけないじゃないですか。それが心に引っかかって……」

「外で話すのもあれだし、まずはうちに行こう」

「は、はい……」

 

 普通なら他人のお弁当を作るために自分のお金を使ったりしないと思うけど、先生はなぜか俺に作ってくれようとしている。分からない。一応、一緒に夕飯を食べるって約束をしたから、仕方がなく先生の家に来てしまった。


 でも、俺は「たまに」って言った気がするけど……。


 そして、荷物を全部片付けて綺麗になった先生の家。

 なんか、女性の部屋って感じだな。可愛いぬいぐるみと壁飾り、目立つピング色のカーテンまで……。人によって、あの部屋がこんなに変わったりするんだ。引っ越してきたばかりの頃には俺の家とあまり変わらなかったのにな。


 てか、それより目立つものがあるけど……。


「…………」


 先生、枕が二つだ。

 一人暮らしをしてるのに、どうして二つなんだろう。


「何? 枕、二つ置いてるのが不思議なの?」

「エ、エスパー!? どうして、それが分かるんですか?」

「じっとベッドの方を見ていたから……」

「えっ」

「私……、寂しがり屋だからね。寝る時に何かを抱きしめないと不安になるから、あれはその時に使う枕だよ」

「へえ……」

「枕よりは人の方がいいけど……、彼氏と別れたから」

「は、はい……」


 じゃあ……、今まで彼氏を抱きしめながら寝ていたってことか。可愛いな。

 なぜ捨てられたのか、ますます分からなくなってきた。

 そして、キッチンで夕飯を作る先生。俺は昨日と同じく先生のベッドでぼーっとしていた。なんかいい匂いがする。それに買い物をしてないから、美味しいものを作ってあげられなくてごめんねって言ったけど……。俺は温かいご飯を食べるだけで十分だったから、その心遣いに感動した。


 最初から、そんな贅沢なことは考えていない。

 先生と過ごすこの時間を大切にしたいだけだ。

 だけど、それも今日で終わり。


「ご、ごちそうさまでした」

「やっぱり、私はいっくんと一緒に夕飯を食べるのが好き」

「あっ、それについて……話が」

「あのね。私の話……を先に聞いてくれない?」

「はい……」

「私ね、知ってると思うけど、彼氏に捨てられたよ。好きだったけど、そんな私が面倒臭いって、家に私がいても彼氏は知らない女とホテルに泊まったりするから……。一人ぼっちでずっと寂しかった」

「悪い人と付き合いましたね」

「その時、私の前にいっくんが現れたよ。ハンカチを渡してくれた時、涙のせいでぼやけて見えたけど、その声はいっくんの声だったから……。私は救われたの。いっくんに……! だから、私に優しくしてくれたいっくんと一緒にいたいだけ。それだけよ。お金とか、心配しなくてもいい! ご飯を作ってあげるだけだから、全然平気だから!」


 だんだん声を上げる先生に、少し動揺していた。

 ただ、可哀想に見えてハンカチを渡しただけなのに、それが……こうなるのか。つまり……、寂しがり屋の先生は空っぽの心を満たすために俺を選んだってこと。俺はこの状況で何を言ってあげればいいんだ。


 そして、こんな話をする時の先生はすぐ泣き出しそうな顔をして、心が弱くなる。


「手……、握ってくれたじゃん。それは……恋人同士でやることじゃないの?」

「あっ……。そ、そうですか? 俺、恋愛経験ゼロなんで、よく分かりません」


 恋人同士か。


「というのは……私の考えで、実は……一緒にいてほしくてね。一人じゃ、寂しいから……。嫌だよ」

「神崎さん……」

「昨日……家を出る前に、私の手を握ってくれたこと覚えてるよね?」

「は、はい……」

「どうして、私の手を握ってくれたの?」

「神崎さんが不安そうに見えて……。それは……お母さんが昔俺にやってくれたことです」

「そうなんだ。じゃあ、また……やってくれない? 手を握ってくれること、私……それ好きだよ。誰かが私を守ってくれるような気がして、すごく気持ちいい。壊れそうな私を……支えてほしいの。自分勝手なことをして、ごめんね」


 そう考えている先生が可哀想だった。

 一人になった時の寂しさを俺もちゃんと知っているから、もうお弁当について何も言えない。俺はその寂しさに慣れているけど、好きとかじゃないから。俺と同じ寂しさを感じている人を見るとすぐ苦しくなってしまう。


 だから、先生の前で頷いたのだ。


「あの……何かあったら、うちのベルを押してください」

「ねえ、直接連絡するのはダメなの……?」

「…………」

「連絡先を教えて……ほしい」

「じゃあ、教えてあげますから……。寂しくなった時はうちのベルを押したり、ラ〇ンを送ったりしてください」

「いいの? 本当にいいの……?」

「はい……」


 その時、晴人からラ〇ンが来た。

 早く……先生の趣味と好きなものを聞いてくれって……。マジかよ。まだ諦めてないのか。

 そして、それを先生にバレてしまった。


「へえ。結城くんは私のこと好きなんだ」

「そうですよ。神崎さんが来てから……、しょっちゅう俺に神崎さんの話をして、もう飽きました……」

「ねえ、知りたい? 私の趣味と好きなもの」

「晴人のやつが勝手に言ってるだけなんで、気にしなくてもいいんです。適当に返事しますから」

「私はいっくんに話してるよ? 結城くんのことは気にしないから」


 あ、残念。お前はダメみたいだ、晴人。


「そんなに急がなくても……ゆ、ゆっくり…………」

「そうだよね? 時間はまだあるから」

「はい」


 そばに座る先生、俺は……晴人に「特にない」と送ってあげた。

 ごめん、晴人。

 これはお互いのためだから、理解してくれ。


「この時間が好き……」

「はい……」

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