5 生き甲斐

 昨日は、まるで奇跡のような一日だった。

 俺の人生で二度と来ないようなそんなことが起こったから……、いまだに先生と一緒に過ごした時間を忘れられない。夕飯はめっちゃ旨かったし、久しぶりにたくさん話したし、それは俺にとってとても貴重な経験だった。


 晴人以外、話し相手全然なかったからさ……。


「あれ? お前、そのお弁当はなんだ? おいおい〜、伊吹! いつもコンビニのパンとお弁当しか食べなかったお前が……、いきなり愛情の込めた手作りお弁当を食べるなんて! 何があったんだ!」

「あっ、これか……。これは……」


 朝起きて、ご飯を食べず学校に行こうとした時、家の前にこのお弁当と簡単に食べられるおにぎりが置いていた。そして「朝ご飯とお昼はちゃんと食べないとね!」って、その上に先生のメモも貼られていた。


 朝ご飯を食べないのはもう癖になってしまったけど、おにぎりの中にお肉とか、ツナとか、たくさん入っていて食べざるを得ない。それに先生が作ってくれたのはめっちゃ旨いから、その場でおにぎりを全部食べてしまった。


 幸せだった……。


「えっと……、誰かに作ってもらったっていうか」

「まさか! お前、か……彼女できたのか!?」

「ううん……、彼女じゃない。この前に……ちょっと荷物を運んであげて、そのお礼として作ってくれたかもしれない」

「そうか……。どう見ても、女子が作ったようなお弁当だからさ。もし、お前に彼女ができたら俺はどうすればいいんだよ……! 置いて行かないで! 伊吹!」

「別に彼女とか作る気ないし……」

「お前は割とカッコいいからいつでも作れると思う、彼女くらい」

「そんな余裕ねぇよ」

「そっか……。俺も……怜奈先生のお弁当とか欲しいな」


 晴人はなんっていうか、たまに……女子に飢えているように見える。

 そして、俺にそんなことを話してもさ。俺、恋愛経験ゼロだから……役に立たないんだよ。話を聞いてあげることはできるけど……、ドラマチックな解決策など言えるわけないからな。女子について何も知らないし。


 それと、先生みたいな彼女が欲しいなら……さっさと告白してみろ。このバカ。


「ジュース買いに行かない? 伊吹」

「行こう」


 お腹いっぱい、お弁当めっちゃ旨かった……。

 やっぱり、先生。


「あれ! 怜奈先生!」


 自販機の前でコーヒーを飲んでいる先生。

 てか、先生を見ただけで晴人のテンションがめっちゃ上がっている。どうしようもないやつだな。


「あら、と結城くん」

「…………」

「怜奈先生、コーヒー好きですか?」

「はい、好きですよ〜。仕事で疲れた時はコーヒーが一番だから」

「へえ……。俺も先生と同じコーヒーを飲んでみようかな?」

「でも、これけっこう苦いから気を付けてね」

「ふふっ、俺! ブラックコーヒー飲めますよ!」

「お〜?」


 二人が話している間に、俺は後ろでジュースを買っていた。

 晴人めっちゃ嬉しそうに見えるし、二人の時間を邪魔したくなかったから、ぼーっとしてリンゴジュースを飲んだ。


「…………」


 食後のリンゴジュースは旨いな。


「お昼は食べたの?」

「はい! 食べました!」

「一ノ瀬くんは?」

「食べました」

?」

「…………」


 先生が作ってくれたお弁当のことか、主語がない。

 まあ、先生に好意を抱いている晴人がすぐそばにいるからそれを言うのも無理だよな。これを幸運って言ってもいいのか……、晴人は食べたこともない先生の手作りお弁当を俺は簡単に手に入れたから。それに、さっきから俺の方を見てるような気がする。


 なんでだ、晴人。


「はい。今日はずっと昼休みを待ってました」

「そうなんだ。でも、授業にはちゃんと集中してね」

「はい……」


 そう言いながら俺の頭を撫でる先生。

 その笑顔を見て、俺は先生が完全に立ち直ったと確信した。不安が感じられない。

 いつもの先生に戻ってきたんだ。


「じゃあ、私は職員室に戻るから。後でね」

「はい」

「…………」


 俺、子供じゃないのに……先生はよく俺の頭を撫でるよな。

 でも、少し……ほんの少しだけ。恥ずかしいけど、悪くはないなと……そう思っていた。バカみたい。


「伊吹は怜奈先生と仲がいいな。どうやって仲良くなったんだ?」

「仲がいいのか? 分からない。まあ、たまに……自販機で話をしたり……。それくらいかな? でも、大したことじゃないから……」

「羨ましい! 俺も先生に頭撫でられたい!」

「それが目的だったのか」

「当たり前だろ!? どうだった!? 伊吹! 先生に頭撫でられて……、気持ちよかったのか?」

「えっ? 普通……だったと思う」

「あのさ———」


 ……


 面倒臭い……まさか学校が終わるまで、ずっと先生の話をするとは。

 そしてバイトが終わった俺に、またラ〇ンを送るのかよ。先生の好きなものとか、趣味とか、それが知りたいなら……俺に頼むことより自分で言った方がいいと思うけど……。晴人、気持ちを伝えるのは本人じゃないとダメだ……。それを一番よく知っているお前が……、なんで俺にそんなことを頼むのか分からない。


 マジで面倒臭いやつ。


「あっ、バイト……終わったの? いっくん!」


 コンビニから出た時、すぐ隣にある自販機の前で先生が俺を待っていた。

 なんで、そんなところにいるんだろう。


「え……? 先生?」

「先生じゃないよ」

「あっ、すみません。神崎さん」

「そう。一緒に帰ろう!」

「は、はい……」


 そういえば、俺……先生にどこでバイトをしているのか言ってたっけ?

 コンビニって言っても、この辺りにいくつかあるからさ。


「今日の夕飯は何が食べたい? 買い物しようか!」

「時間遅いから、ダメかもしれません」

「そうだね…………」

「なんでもいいですよ。神崎さんの好きなものなら……」

「うん!」


 まあ、偶然だろう。

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