4 一緒に、夕飯を②
静かで穏やかな声、先生と夕飯を食べながら普段なら絶対できないそんな雑談をしていた。学校で女子たちとあまり話したことないから、会話が上手く続かないと思っていたけど、先生の方から話題を決めてくれてなんとなく話を続けていた。
そして、誰かと一緒にご飯を食べるのはすごく楽しいことだと俺は初めて知った。
みんな家でこんな感じなのか、羨ましいな。
「そういえば、いっくんは普段何食べてるの?」
「えっ? 普段は……コンビニの……お弁当くらいです」
「それだけ?」
「はい。それだけ……」
「…………」
そんな反応をするのも無理ではない。俺は普通の人たちと全然違う生き方をしているからな……。でも、死ぬほどつらいわけじゃないから、俺は適当に生きていく。そう、適当が一番だ。
こうやって先生と一緒に夕飯を食べることとか、買い物をすることとか……。
そんな小さな幸せが好きだ。
それだけで俺は十分だと思う。
「おかずは?」
「おかず……より、一応……家に炊飯器もないんで。家で何かを作ることより、コンビニでお弁当を買った方が効率的だと思います。ずっとそうでした」
「…………大丈夫? 心配だよ。倒れたらどうするの?」
「倒れたら……。まあ、まだ若いし、それにお弁当にも野菜とかたくさんありますから……。そう簡単に倒れませんよ。あはは……」
「じゃあ、またうちで一緒に夕飯食べる? 私……追い出されて、ここには友達がいないから」
お、追い出されたのか。
ひどいな。自分の彼女にそんなひどいことをして、しつこいとか言ってたのか。
こんな可愛い人のどこがそんなに嫌だったんだろう。晴人は先生と付き合いたくて毎日俺に変なことを言ってるのに、先生の元カレは先生を見るだけでうんざりするって言っている。馬鹿馬鹿しい。
うちの先生は優しい人なのにな。
「でも、神崎さんは俺の担任の先生ですよ。そんな関係はよくないと思います」
そして、引っかかる部分はここだった。
「どうして?」
「えっ? どうしてって言われても……」
「今、こうやって……。私の前で、私と一緒に食べてるんでしょ? どうして、よくないと思うの?」
「今日だけなら、いいと思いますけど……。これが続いたら———」
「やっぱり……、私はいっくんにも嫌われてるんだ……」
「い、いいえ。そういう話じゃ……」
なんで、急に落ち込むんだろう。
正直、神崎さんが教師じゃなかったら……一緒に夕飯を食べることくらい普通にできると思うけど、あいにく彼女は教師だった。これは先生のためだ……。こんな関係に慣れてしまったら、その後どんなことが起こるのか分からなくなる。
先生の痛みを分からないとは言わない。でも、これはダメだ。
そして、あの時と同じ顔をしている先生……。
すぐ泣き出しそうな、そんな顔をな。
「…………どうして……」
やっぱり、そんな顔をすると断りづらい。
「じゃあ、たまに……たまにこうやって一緒に夕飯を食べましょう。神崎さん」
「いいの? 後でやっぱりダメですとか言わないで! 約束だよ?」
「はい……。約束です」
「ふふっ。やっぱり、いっくんは優しい」
「優しい人は世の中にたくさんいますよ? 神崎さん」
「世の中にたくさんいても、私のそばにはいっくんしかいない」
「それはそうですね……。洗い物は俺がやります。神崎さんは休んでください」
「あ、ありがと……」
女子と話すのは苦手だったけど、一応……先生だからクラスの女子と話すことより楽だった気がする。それに、先生が作ってくれた夕飯めっちゃ旨かったし、毎日こんなご飯が食べられる人生はすごいなと思っていた。
俺にも家族がいたら、こんな生活をしていたかもしれない。
「デザート……食べる?」
「うわっ! び、びっくりしたぁ……。先生、いつの間に?」
「ふふふっ、いっくんの反応可愛いね」
なんだよ……。いきなり耳打ちをするなんて、そんな恥ずかしいことを……何気なく……。
まったく、自分が教師ってことを自覚してほしい。
「デザート買いに行くけど、何食べる?」
「いいえ! 俺は……いいです! あ、ありがとうございます!」
「そう……?」
「それに……時間も遅いし、そろそろ帰ります」
「…………」
「どうしましたか?」
「なんか、このままいっくんが帰ったら……永遠に帰ってこないかもしれないと思って」
「えっ? なんで、そんなことを? すぐ隣ですけど?」
「なんとなく……」
さっきまで俺をからかってくすくすと笑っていたのに……、またあの時の顔をしている。やっぱり……、元カレとあったことで「人が自分を離れる」ことに不安を感じてるかもしれない。
こういう時は……どうすればいいんだろう。
そして、ふと良い方法を思い出した。
「あの……神崎さん」
「うん……」
「俺、早く帰らないと明日遅刻しますよ……」
「うん」
「だから、手を出してください」
「どっち? 右手? 左手?」
「どっちでもいいです」
すると、両手を出す先生。
「何を……」
「大したことじゃないんですけど……、神崎さんが不安そうに見えて」
「…………」
そっと、先生の手に俺の手を乗せた。
そして、ぎゅっとその手を握る。これはお母さんが昔……俺にやってくれたこと、不安になる時はいつも俺の手を握ってくれた。でも、あくまでお母さんのやり方だから、俺以外の人にこの方法が効くのかどうかは分からない。
それでも、不安そうに見える先生を放っておくのはできないから。
ちょっとだけ……。恥ずかしいけど、ちょっとだけ。
そのままじっとしていた。
「じゃあ、帰ります。神崎さん、おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
そう言ってドアを閉じる伊吹。
そして、一人になった怜奈は真っ赤になった自分の顔を触る。
そのまま玄関でじっとしていた。
「……えっ、今の何……? 好き……♡」
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