3 一緒に、夕飯を
どうして……、どうして俺が先生と一緒に買い物をしてるんだろう。
それに先生の私服姿がめっちゃ可愛くて、さっきからずっと目を逸らしていた。
マジで女子高生に見えるから、いろんな意味でやばい先生……。多分、クラスで一番目立つ女子たちよりも可愛いかもしれない。学校にいる時は化粧をして、スーツを着てるからカッコいい女性に見えたけど、今は……同級生って言われても疑わないくらい可愛い。
そんな人と……俺は今何をしてるんだろう。
てか、声かけづらい。
「それで、一ノ瀬くんは何が食べたい?」
「えっ? お、俺はなんでも……なんでもいいです!」
「それはダメだよ……。私の荷物けっこう重かったんでしょ? 好きなもの作ってあげるから遠慮しないで」
「そう言われても……」
「いいから……」
そう言われても、特に食べたいものとかないからさ。
もしお母さんが生きていたら、お母さんが作ってくれた料理の中で選んだかもしれないけど、本当に何が食べたいのか自分でもよく分からない。いつもコンビニのお弁当ばかり食べてたから、はっきりと言えない俺だった。
普通の家庭では、普段何を食べるんだろう。
それすら分かっていない。
「すみません……、先生」
「うん? どうしたの?」
「俺……、本当に何が食べたいのかよく分かりません。適当に……、先生の好きな食べ物を作ってください」
「…………」
すると、俺の頭に手を乗せる先生がさりげなくなでなでしてくれた。
「じゃあ、お肉は好き?」
「はい。好きです」
「いっぱい食べたい?」
その「いっぱい」という言葉に、ビクッとした。
いっぱい食べられるのか? お肉を。ずっと貧乏だった俺に……いっぱいお肉を食べるのは夢そのものだった。もし、俺が普通の家庭に生まれたら、こんなことで一喜一憂しなくて済むのに……。先生のその話がすごく嬉しくて、断れない俺だった。
お肉を……いっぱい食べるのか、夢じゃないよな。
「は、はい……」
「じゃあ、たくさん買おう。野菜もセールしてるし」
「は、はい……」
そして、お会計をする時、俺はお肉の量を見て少し心配していた。
そんなにたくさん買ってもいいのか……? お肉にそんなにお金を……使ってもいいのか? やっぱり、社会人はすごい。
買い物で二万円以上使うなんて、すごすぎる。
「どうしたの? 一ノ瀬くん」
「い、いいえ。買いすぎじゃないのかな……と思って」
「うん? 心配しないで、私……こう見えても学生時代からちゃんと貯金してきたからね」
「そ、そうですか?」
「うん! だから、一緒にお肉たくさん食べよう!」
「は、はい!」
なぜか、テンションが上がる俺だった。
そして、レシートを見た後すぐテンションが下がってしまう。
「大丈夫だよ。そんな顔しないで」
「は、はい……」
……
買い物を終わらせた後、一緒にマンションの階段を上る俺と先生。
ここに引っ越してきたのを知っているのに……。
あの神崎先生がお隣さんだなんて、本当に信じられない。
「荷物を片付けるのは後にしよう。お腹空いたよね? 一ノ瀬くん」
「は、はい……」
「すぐ作ってあげるから、ベッドで少し休んでて」
「て、手伝います!」
「いいよ、私一人でできるからね。それに私の荷物を全部運んでくれた一ノ瀬くんに夕飯の準備まで頼むのはちょっと……。だから、そこで待ってて」
「は、はい……」
そう言った後、夕飯の準備を始める先生。
俺はじっとして、先生の後ろ姿を見ていた。
「…………」
それから三十分くらい待ったのかな。
いい匂いがする……。そして、寝落ちした自分に気づく。
さっきまでスマホをいじってたけど……。荷物を運んであげた後、すぐ先生と買い物をしたから少し疲れたかもしれない。てか、他人の家で寝落ちするなんて、俺もまだまだだな。
「いい匂い……」
「おっ? ちょうどいいタイミングで起きたね。一ノ瀬くん」
炊き立てご飯の匂いとお肉の匂いがする。
そして、微笑む先生が俺の頭を撫でてくれた。
また……。
「食べようかな?」
「は、はい……」
嘘だろ……。これはしょうが焼きか……?
湯気の立つご飯としょうが焼き、それにみそ汁まで。俺は自分の目を疑っていた。いつか……、いつか大人になったら……お肉いっぱい食べようと思っていた俺の夢が叶ったから。そして、先生が作ってくれたこの夕飯は多分……一生忘れられないかもしれない。
「すごい……」
今の俺にできるのは……貯金だけ。
自分のためにお金を使うのはできない、これは未来のためだ。
だから、最低限の生活費で耐えるしかない。
「いっぱい食べてね。まだたくさんあるから」
「い、いただきます!」
まずはみそ汁を啜る。
そして、ご飯とお肉を食べた。
それは涙が出そうな味……、本当にすごかった。
「美味しい?」
温かい、電子レンジでチンしたお弁当と全然違う。
こういうのは初めてだったから、なんか悪いことに手を出してしまったような気がした。
こんな味……俺知らなかったから。
いや、忘れていたかもしれないな。
「すごく! 旨いです! あ、ありがとうございます。先生!」
「あのね、一ノ瀬くん」
「はい?」
「ここは学校じゃないから、先生って呼ぶのはやめてくれない?」
「じゃあ……かん———」
「怜奈さんって呼んで」
「えっ? それは……ちょっと、俺……女性のこと下の名前で呼んだことないんで」
「いいじゃん! 今は二人っきりだから、私も一ノ瀬くんのこといっくんって呼びたい」
「な、なんですか。その呼び方は……」
「可愛いでしょ? いっくん」
先生は意外と……積極的な人だったんだ。
でも、いきなり下の名前は無理だよ……。
いくら先生の話だとしても、怜奈さんって呼ぶのはな。歳の差もあるし。
「じゃあ、まずは神崎さん……って呼びます! すみません……。周りに仲がいい女子がいないんで、こういうのまだ慣れてないんです」
「ふふっ。じゃあ、いっくんと仲良くなった女子は私が初めてってこと? あっ、ごめんね。いっくんって呼んじゃった……」
「あっ! 俺は呼び方気にしませんから……」
「そう? じゃあ、いっくんって呼んでもいい?」
「はい」
すぐ前で夕飯を食べる先生、その笑顔がすごく可愛く見えた。
なんだろう、この雰囲気は……。
「いっくん!」
「はい?」
「ううん、呼びたかっただけ。ふふっ♪」
「…………」
なんだよぉ……。
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