みぞれの僕

鯛谷木

本編

 うちの大学の学食にはかき氷がある。味はいちご、メロン、ブルーハワイ、みぞれ。夏限定のそこそこ売れてるメニューである。

 そんな人気グループの中にだって不遇な存在はいる。それがみぞれ。4つ並んだシロップ容器のうち、あの透明な液体だけ露骨に減りが遅いのだ。それも当然である。風味豊かで見た目も映えるほかの3つに比べると、どうにも見劣りしてしまう。しかし、俺が見る限りただ1人、そんな仲間はずれを救う存在がいた。それが蓮図 透(レンズ トオル)。彼女はサークルの先輩で、たびたびちょっかいをかけに来ては俺にかき氷を奢らせる、なんともはた迷惑な眼鏡女子である。今日もまた彼女にかき氷をせがまれジャンケンに負け、ちょうど娯楽費が犠牲になったところだ。今度こそカレーにトッピングのチーズのせようと思ってたのに。

 彼女はかき氷を俺はカレーを持って、向かい合わせに座った。半分ほど食べ進めたところだろうか、前から聞いてみたかったことを口に出す。

そういえば、どうして先輩はみぞればっかり頼むんですか?

「うーん、そうだね……詳しく説明するには、まずは僕の名前の由来から話すことになる。もしかしたらほんの少しだけ長くなるかもだけど、いいね?」

先輩はメガネの位置を直す。いつもは僅かにズレた状態で均衡を保っているオーバルのそれを正しいポジションへと導くのは、考えを整理する時のクセらしい。

「これは父の持論だが、彼いわく透明こそがいちばん強い色なのだそうだ。透明はどこにでも潜んでいて、下地によし、主役によし、最後の仕上げによし。だから名前に使えばたとえどんな子に育ったとしても合う。そんな具合で透明の透でとおる、と名付けたらしい。だからまぁ、とにかく、僕と似た万能性を持つみぞれにちょっとした親近感を感じているわけだ。それに、なんにでもなれるなんて、未来ある若者にピッタリだろう?」

へえ、知恵が深いお父様だったんですね。

先輩の声は静かだがやたらと重く響く。たとえ嘘でも信じてしまいそうだ。返事もそこそこにぼんやりと聞き惚れていると、先輩はいつの間にか黙って微笑みを浮かべていた。

「で、君が聞きたかったことは本当にそれだけかい?」

全く、先輩は勘が良すぎて困ってしまう。

俺は大きく深呼吸をした後、本当に聞きたかったことを口に出す

先輩って、恋人いるんですか?

からん、とスプーンがガラス皿に当たる音がしたかと思うと、先輩の顔がこちらにぐっと迫る。

「……本当に、知りたい?」

透明の先にある、少し細められた瞳はつやつやと輝いていて。俺は中途半端に口を開いたまま、何も言えなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みぞれの僕 鯛谷木 @tain0tanin0ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る