第3話:スキル
コアはリオンの手を強く握り、瞬時にその足を速めて走り出した。リオンはその反応速度に驚きを隠せなかった。
コアの走りは軽やかで、動きに無駄がない。リオンと同じ速度で走る彼女は、動きづらいはずの服装にも関わらず、その身体能力に圧倒される。
しかし、次の瞬間、リオンの足元に冷たい恐怖が走った。魔狼が猛スピードで迫り、ついにリオンたちに追いついてきた。そして、その巨大な体が空気を切り裂き、猛然と飛びかかってきた。
終わった──リオンはその瞬間、心の中で諦めを感じた。
だが、次の瞬間、コアが力強く叫ぶ。
「
コアの手が空を切ると、目に見えない力がリオン達を囲い、魔狼の攻撃を完全に防いだ。リオンはその力に驚き、しばし言葉を失った。
「リオン!いい?私は攻撃系のスキルとか“魔法“とか持ってない!だからリオン!スキルを見て!」
コアは後ろを気にしながら、必死に守り続けていた。魔狼は強烈に吠え、バリアを破ろうとするが、コアの力によって防がれている。
しかしどれだけ言われようがリオンにはスキルが無い。
戦闘しているコアに届くように声を荒らげたリオン。
「だから、俺にはスキルがない!」
「まだ“見て“ないんでしょ?」
「な、何が?」
「自分の“魂“を知覚すればいい!魂は身体の中心部にある!」
コアはリオンを促しつつも、冷静に魔狼の攻撃を受け止めていた。その瞳には、焦りとが浮かんでいる。
その目を見て感じとる、余裕が無いと。
反論している場合では無い。
リオンは言われた通り身体の中心部を意識した。
その時だった、脳裏に情報が浮かび上がる。
突然、脳裏に無数の情報が浮かび上がる。何もかもが一瞬で整理され、力が湧き上がるのを感じた。
それはリオンのスキルであり力だ。
『ユニークスキル:異能型“
『
『
『情報プログラム・・・データ保存や情報操作を可能後方支援系だと言えるだろう。前線で直接戦う能力はない。』
『
以上の四つが含まれてる権能だった。
リオンは思う、攻撃系スキルなくね?支援系でも無いし。使い方が分からない。強いて分けるなら後方支援系だろう、爆弾処理班とは言わないけど、そういった類のスキルになりそうだ。
「攻撃系スキルないんですけど」
リオンがつぶやくと、コアは顔を赤くして叫ぶ。
「はぁ〜、あんたね!私が助けてあげたのに!なんで持ってないのよ!おかしいでしょ!」
コアは怒るが、そう言われてもないものは無い。
助けられて恩返し出来ないのは歯痒いけどリオンとてどうするもできない状況なのだ。
自分の力が戦力には直接結びつかないことに焦りを感じる。コアはその様子を見て、ますます憤慨しているようだった。
「すまん。戦うって言っても、俺にはあまり向いてないかもしれないな。」
嘘だ、リオンは確かに喧嘩が強い、それも、飛びっきり強い。
しかし、それは相手が人間である場合に限られる。動物と人間では、フィジカルが全く違うのだ。目の前の狼は、リオンが思っていたよりもはるかに強力で、野生そのものの力を感じる。自分が想像していた「狼」とはまるで別物だった。
結論として、戦力外だ。リオンに出来ることは余計な期待をさせない事だけだった。最悪見捨てても構わない意志を見せた。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!もうちょっと頭使いなさいよ!!」
しかしコアは見捨てることは無い。
コアが言った通り、リオンにはまだどうしていいのかが見えない。
リオンはその場で自分の力をどう使うべきかを必死に考えていた。目の前で繰り広げられる危険な状況、そして自分に与えられた力の無さ。
コアが必死に魔狼の攻撃を防いでいる間、リオンはただその姿を見守ることしかできなかった。
コアの特殊な力には限界があることをリオンも理解していた。
無限に防げるわけではないし、今もその力は確実に削られている。それを考えると、時間がない。焦りが募る中で、自分には何もできないと感じる。
スキルがない、力がない、何も持っていない自分がただ無力に立ち尽くす。
そんな時だった。突如として耳をつんざくような音が響き渡った。それはコアの防御スキルが砕ける音だった。
リオンがその音に反応した瞬間、魔狼の鋭い爪と牙がコアを狙って迫ってきた。
目の前で繰り広げられるその光景に、リオンは一瞬、全てが終わった。
コアが目の前で傷ついてしまう。その事実に耐えられる自信は、リオンにはなかった。
コアを狙った魔狼の攻撃が、間一髪で止まったのだ。
リオンは直感的に動いた。魔狼の爪がコアを引き裂こうと振り下ろされるのと同時に、リオンは無意識にその前に立ちはだかった。
何も考える暇もなく、自分の体が自然と動き出したのだ。リオンの身体には青いエネルギーがまとわりつき、炎のように揺らめいていた。
リオンの身体全体が、力強さを増していくのを感じた。青い光がその身を包み込む。
リオンはそのエネルギーがどこから来るのか、そしてそれがどれほど強力なものかを理解していなかったが、身体が求めるようにその力を引き出す感覚を持った。
筋肉が一気に活性化し、身体全体が引き締まるのを感じた。瞬間的に反応速度が上がり、腕の力も格段に強くなる。
青いエネルギーは、ただ身体能力を向上させるだけでなく、リオンの反応速度、瞬発力、そして筋力を一気に引き上げていた。
リオンはそれを駆使して、魔狼の振り下ろされた右腕を見事に弾き飛ばした。その攻撃はまるで無駄だったかのように、リオンの力強い一歩で魔狼を押し返したのだ。
無意識に使用していたエネルギー法の『強化術』の恩恵を受けて、リオンは自分の力が増していくのを感じていた。
それでも、腕に刺さった魔狼の爪から流れ出す血の感覚は変わらなかった。痛みが身体を貫き、彼の意識を奪いかけるが、それでも立ち止まることは許されなかった。リオンは歯を食いしばり、その痛みを無理にでも押し込めようとした。
「コア、大丈夫か?」
リオンが振り返り、声をかけると、コアは驚いた表情で彼を見上げた。少し困惑したような顔で、コアは答える。
「ええ、なんとか。でも、あなた・・・!」
コアの視線には右腕が無惨にも抉られているリオンの姿がある。
傷は深く、肉がむき出しになり、血が絶え間なく流れ出していた。赤い鮮血が地面に滴り、見るからにグロテスクな光景に、リオンは一瞬、目をそらしてしまった。その痛みの強烈さに、反射的に手で傷を押さえるが、それでも血は止まらない。
リオンはめちゃくちゃ痛いが、女の子の前では決して弱音は吐かない主義なのだ。
「もう心配いらない。これで俺も戦える!よく
分からないけど!何となく分かった!」
何故身体能力が向上したのか分からないが、今は強くなった事実があればいいのだ。
リオンはすぐに再び魔狼に立ち向かう覚悟を決めた。体中を包む青いエネルギーが、リオンの動きを強化している。
しかし、それでも痛みは消えなかった。腕の傷口から血がぽたぽたと落ち続ける。痛みが彼の意識に突き刺さる。それでもリオンは歯を食いしばり、何とかその場に立ち続けることを決意していた。
戦闘でユニークスキルを使わないのはなんだかな、と思うが今は十分過ぎる力だった。
「はぁ・・・いてぇ・・・」
コアに届かないように呟いたリオン。
痛みがじわじわと広がり、リオンはそれを感じながらも、何とか自分の腕を見ないようにしている。目を背けても、傷の深さと痛みは逃げようがなかった。
幸いにも、リオンは痛みに慣れていた。幼少期から喧嘩を繰り返してきた経験が、少しずつだがリオンに耐える力を与えている。
あの頃の数々の戦いの中で、痛みを乗り越え、何度も自分を奮い立たせてきた。それが今、少しでも役立っているのだろう。
そんな経験がリオンに、若干ではあるが戦闘センスと判断力を与えていた。今のような厳しい状況でも、冷静さを保ち、どう動くべきかを瞬時に見極める力を持っていた。
リオンは、痛みに歯を食いしばりながら、心の中で呟いた。自分を鼓舞するように。
(まだ、やれる。ここで終わるわけにはいかない。)
目の前の現実は厳しかった。魔狼は依然として無傷で、その力強さをまったく衰えさせる様子はなかった。リオンの傷ついた体と、魔狼の圧倒的な余裕。普通ならこういった敵は、もう少しで倒せるはずだと思うのに、今のリオンにはその力が足りなかった。
「無双ライフ、なんて程遠い・・・」
その考えが、リオンの頭をよぎる。理想と現実のギャップに、少しだけ心が揺らぎそうになるが、それでも立ち上がらなければならない。
「まさかこんな手こずるとはな。」
リオンは苦笑しながら、再び青いエネルギーを全身にまとわせた。痛みは残っていたが、それを無視するように力を集めていく。
魔狼は容赦なく攻撃を重ねてきた。リオンの身体を貫こうとするような鋭い爪が何度も振り下ろされる。その攻撃の隙間を狙おうとしたリオンの決意を、魔狼は一切許さないように『咆哮』を発した。
「──ッ!」
その瞬間、魔狼の咆哮が響き渡り、周囲の空気が重くなる。リオンの体が一瞬、金縛りに近い状態になった。『咆哮』が引き出した恐怖が、『威圧』と重なることで固定化され、リオンの体は硬直し、足元がふらつく。恐怖の感情が頭をよぎるが、それでもリオンは冷静さを保とうとする。
魔狼の目には、ただの獰猛さではなく、リオンを「獲物」ではなく「敵」として認識する冷徹な視線が宿っていた。その瞳の奥に、まるでリオンに対するある種の敬意が感じ取れる。しかし、リオンはそれを恐れることはない。むしろ、挑戦的な気持ちが湧き上がってくる。
魔狼はそのまま猛然と走り込んできた。だが、リオンは恐怖に捕らわれることなく、瞬時にその攻撃を避けた。身体にまとった青いエネルギーの力で、すばやく動き、魔狼の攻撃をかわす。
リオンは幼少期にいじめを受けた経験がある。最初は新しい環境や状況に対して恐怖を感じていたが、その恐怖を克服することで、少しずつ強くなっていった。その過去の経験が、今のリオンを支えていた。
リオンはすかさず、手に持っていた鋭利な木の破片を全力で投げつけた。その速度は常人のそれを遥かに超えており、まるで一瞬で魔狼との間を突き抜けるように木の破片が飛んでいった。
「──ッ!」
木の破片は、魔狼の右目に深々と突き刺さった。鮮血があふれ、視界が赤く染まる。魔狼は怒りと痛みにうなり声を上げ、目の前が歪むように感じたが、それでもリオンを怯ませることはできなかった。
右目を失ってなお、魔狼は一歩も引かず、さらに猛然と攻撃を繰り出してきた。
その気迫と殺気は、リオンを圧倒しようとするほどだった。だが、リオンはその恐怖を抑え込んだ。自分の心に響く恐怖の感情をしっかりと封じ込み、冷静さを保った。
「リオン、これ使って!!」
突然、コアの声が響く。リオンの目の前に、銀色に輝く鋭利な物体が空を切って飛んできた。それはコアが投げたものだった。
リオンはその物体をすばやく受け取り、その手に収まる感触を確かめた。小さな刃物ではあったが、その質感と輝きから、ただの武器ではないことが伝わってきた。リオンはそれをしっかりと握りしめ、再び立ち上がる準備を整えた。
やるか、殺られるか──リオンは一切の躊躇を捨て、全身に決意を込めた。今や、この戦いはただの生死をかけた一戦であり、負ければ命を落とすだけだ。魔狼が再び凄まじい勢いで突進してくる。リオンはその動きを瞬時に読み取り、冷静に体をひねって攻撃をかわす。まるで時間が遅くなったかのように感じる。
魔狼が目の前を通り過ぎ、無防備な隙間が開いた瞬間──
リオンはその隙を逃さず、素早く魔狼の懐に飛び込んだ。鋭利なナイフを握りしめ、力を込めて一気に突き立てた。刃が肉を貫く感触が手に伝わり、魔狼は目の前で激しく咆哮した。
「これで終わりだ!!」
その言葉が響くと同時に、ナイフは深く魔狼の体内へと突き刺さり、魔狼の生命力を奪っていった。魔狼は絶叫のような咆哮を上げるが、その力が次第に衰え、とうとう倒れ込んだ。リオンはそのまま魔狼の上に崩れ落ち、全身の力が抜けていく。
戦いの終息を迎えた瞬間、リオンはその場に座り込んでいた。息をするのさえ苦しく、体中に重い疲労感が押し寄せてくる。戦いの中で高まった緊張感が、今や一気に解けてしまったかのようだった。コアの声が遠くから届くが、リオンにはその声がぼやけて聞こえる。
「リオン!!」
コアが心配そうに名前を呼んでいる。その声は届いているものの、リオンの意識は薄れていく。体が動かず、ただの重さだけが残る。視界がぼやけ、次第に視野が狭まっていく中、リオンはそのまま静かに眠りに落ちていった。
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