第20話:エルフ
「誰・・・人族?」
その声は風に溶けるように、木の葉のざわめきと共に響いた。
木の上からリオンたちを俯瞰している影があった。その人物は『クリムゾン・レッド』──
かつて「紅の戦士」と呼ばれた
クリムゾンは息を潜め、木々の間からリオンたちをじっと見下ろしていた。ただ監視することを続けていた。
♢♢♢
「兄貴、誰かに見られてますよ」
ダクネスの指摘に、俺も同意する。最初は気のせいかと思ったが、ダクネスも感じているとなれば間違いないだろう。
思わず周囲を警戒しながら、どうするべきか考える。話しかけてみるか? でも、姿が見えないんだよな。
なんで攻撃してこないんだ?と、疑問が浮かぶ。
攻撃されてもおかしくはないはずだ。しかも、攻撃しないにしても、情報を確保するために接点くらい持つだろう。それをしないのはおかしい。
もしかしたら様子をうかがっているだけかもしれない。俺たちが何者なのか、敵か味方かを見極めようとしているんじゃないかな。
そう思いながら、俺は心を落ち着ける。無理に突っ込んで行くのは得策ではない。
なら、今はじっと待つしかないのか。
どんな状況でも、冷静さを失わず、次の一手を考え続ける必要がある。
「おい、ゴラァ!出てこいや!」
「おま、何してんだ!」
俺が慌てて止めようとするが、すでに遅い。返答はない。森は静まり返ったままで、まだこちらを観察しているのか、それともただの無視か。
だが、このまま何も進展がないまま時間を浪費するわけにはいかないと思った瞬間、唐突に声が返ってきた。
「あなた、何者?」
その声は予想外に可愛らしく、思わず戸惑った。
だが、そんなことに気を取られている場合ではない。声の発生源を探りつつ、俺は毅然とした態度で答えた。
「俺は転生者のリオンだ」
その瞬間、空気が一変した。背後から異様な気配が伝わり、反射的に身を翻した。
「死ね!」
冷酷に振り下ろされた双剣が、俺のいた場所を切り裂く。
ギリギリでかわすことができたが、油断していた俺が背後を取られるなんて大失態だ。
「な、何すんだよ!」
声を上げる俺の前に現れたのは、ツインテールの赤髪に深紅の瞳を持つ、スタイル抜群の
「転移者・・・あんたらは、あんたらだけは殺す!」
その言葉には強い憎悪が込められている。俺が何をしたというんだ?何が起こっているのか理解できないまま、状況は一気に緊迫する。
ダクネスは刀を構え殺る気マンマンだ。
「待て待て、一度話──」
俺が制止しようとしたが、彼女はまるで聞く耳を持たなかった。
「うるさい!」
怒りに燃える彼女の叫びとともに、双剣が再び襲いかかる。そこから激しい戦闘に突入したが、何だか妙に動きが遅く見える。
俺は次々と彼女の攻撃を簡単に避けた。ホッ、ヤッ、トッ!と、まるで軽い運動のように。
「ッチ!」
微かな舌打ちが聞こえた。怖いけど、彼女の腕前は確かだ。
俺は素人だから技の細かい部分はよく分からないが、進化前の俺なら絶対に避けられなかっただろう。
ただ、避けなくても俺には防御プログラムの
攻撃を完全に防ぐこともできるが、今回はあえてそれを使わず、自分の進化した実力を試すために避け続けていた。それに、
「まぁ、ちょっと反撃してみるか・・・」
彼女を殺すつもりはないし、何か事情があるようだから、慎重に行こう。
「雷帝!」
最小火力で雷帝を放ったが、簡単にかわされた。さすがに舐めすぎたかもしれない。
【攻撃プログラムを開始します・・・
システムを起動中・・・
攻撃プロセスの準備完了。
目標データを解析中・・・
ロックオンが確定しました。
エネルギー充填中・・・】
システムの声が響き、俺は攻撃を繰り出した。選んだのは
「クッ、身体が動かない・・・」
クリムゾンは完全に麻痺状態だ。しばらくは動けないだろう。
「どうだ?話を聞く気になったか?」
俺は問いかけるが、彼女の目にはまだ戦意が宿っている。
「殺せ・・」
強い。気が強すぎる。この子、簡単に折れそうにないな。俺ならとっくに白旗を上げているところだが・・・。
その時、どこからか声が聞こえた。
「大丈夫ですか!!! お姉様、この御方は敵ではないかもしれませんよ!」
俺は声の方に視線を向ける。そこには青いツインテールの
♢♢♢
「私はクリムゾン・・・」
クリムゾンがボソッと呟く。その顔には明らかに警戒の色が浮かんでいた。こんな美人にそんな険しい顔をされたくはないが、仕方がない。
「はぁ・・・はぁ・・・私はアクア。あなたは?」
アクアと名乗った
「俺はリオン」
「俺様はダクネスだ、覚えとけ」
俺たちは簡単に自己紹介を済ませた。
「それで、転移者とかなんだとか」
クリムゾンが不意に切り出す。先ほどの彼女の言動から、転移者に対して強い憎悪を抱いているように見えた。もしかしてクラスメイトの奴らが──。いや、俺は転生者だが・・・。
俺の発言を受け、クリムゾンは重い口を開いた。
クリムゾンたち
倒れる
「よォ・・・安心しろ、殺しちゃいねぇ」
不敵な笑みを浮かべる男に、クリムゾンは双剣を抜き襲いかかる。しかし、奴には攻撃が届かない。
「てめぇら“現地人”は弱いな。お前、いい女だ。俺の下に付け」
見下すような声で、男は薄笑いを浮かべた。
「消えろ、カス野郎」
当然、クリムゾンは断る。だが、男はその言葉を嘲笑うかのようにこう言い残した。
「そうか。なら、てめぇの仲間を一人ずつ殺してやる」
その脅しの通り、クリムゾンの仲間たちは一人また一人と姿を消していった。
「転移者は“奴”だけじゃなかったの。複数いたわ。恐らく奴の仲間よ」
アクアが言葉を付け足す。
奴らが複数・・・しかも、転移者?俺は転生者として来たが、奴らは転移者なのか?この話が本当なら、クラスメイトたちが転移者としてこの世界に来ている可能性もある。だが、それが事実なら、俺にも関係のある話だ。
「奴は言ったわ、
つまり、クリムゾンたちは今もその脅威に晒され続けている。彼女たちは仲間を守るために森を駆け回っている中で、俺たちと出会った。どうやら俺たちを奴の仲間だと勘違いして攻撃してきたのだろう。
「悪かったわ・・・謝らないけど」
クリムゾンは麻痺が解け、立ち上がる。アクアも彼女に付き従うように歩き出す。
「待ってくれ」
俺は声をかけ、二人の歩みを止めた。
「俺もそいつらに会いたい。だから一緒にいていいか?」
もしクリムゾンの話が本当なら、転移者に会うチャンスだ。今、この機会を逃すわけにはいかない。クラスメイトたちがこの世界にいるなら、何かが起きているはずだ。
「・・・そう、いいわよ。その代わり、私の管理下に入ること。勝手な行動はしないこと」
クリムゾンは警戒を緩めないが、俺の同行を許可してくれた。
「へっ、兄貴に負けたくせに」
ダクネスが小声で皮肉を言ったが、ここはあえて無視する。今は話を進めることが最優先だ。
「あぁ・・・それでいい」
俺たちは彼女たちと共に行動することにした。
俺たちはクリムゾンのアジトへと案内された。古びた一室、まるで隠れ家のような雰囲気が漂っている。そこにいたのはもう一人の
「彼女はシシア。狙撃手よ」
クリムゾンが簡潔に紹介した。小柄な体に背負われた大きな狙撃銃。なるほど、彼女が狙撃手というのも納得だ。どうやらこの隠れ家には、クリムゾン、アクア、シシアの三人だけがいるようだ。だが、たった三人で果たして勝てるのか?敵に会ってないとはいえ、その不安が頭を過る。
「好きに座っていいわよ」
クリムゾンが言うが、室内には椅子が三つとソファーが一つしかない。アクアは素早く冷たい水を用意してくれた。この気配り、俺にはできないことだ。シシアは椅子に座り、黙って何もせずじっとしている。まるで周囲には無関心といった様子だ。
「さて、あなたたちは“一時的”に仲間になったわけだから、話す権利があるわ。ただし、これを聞いた以上、最後まで付き合ってもらうわ」
クリムゾンは俺の向かい側に座り、真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。こういう直接的な目線は苦手だ。だが彼女の言葉には一つの意図が隠されている。話を聞くことで俺を無理やり仲間に引き込もうとしているのだ。もちろん、話を聞いたからといって最後まで付き合う義務はないが、この状況下では彼女の言う「善人心」に付け込む形で進められている。善人なら、最後まで協力するはずだ、という意志が伝わってくる。
「分かった。話してくれ」
結局、俺は彼女の提案を受け入れた。理由はいくつかある。まず、俺以外にも転移者や転生者の存在を確かめておきたい。そして、クリムゾンの話から嫌な予感がしていること。加えて、俺はこの辺りの状況を全く知らない。下手に動けば状況を悪化させる可能性が高い。そして最後に、これは
クリムゾンは俺の返事を確認し、静かに語り始めた。
転移者が現れたのは約一か月前。その男は突然現れ、
「この森から去れ。道が分からないのであれば案内しよう」
その警告に男は激怒し、怒りに燃えた顔で
「まず、東の領土を奪還しに行く!」
クリムゾンの声には強い決意が込められていた。今も彼女たちは自分たちだけで何とかするしかない状態に追い込まれている。外部からの援軍は期待できない。残されたのはクリムゾン、シシア、そしてアクアだけ。
「あなたも来てちょうだい」
彼女たちの提案に、俺はそのまま従うことにした。この状況では選択肢はほとんど残されていないのだ。
♢♢♢
明日12時に投稿します!!
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