第46話 騒がしい日常

「ヤベェ、マジで一歩も動けない」


「私も……」


 翌日、俺と美沙は全身筋肉痛でベッドの上から全く動けずにいた。

 芽亜もたくさん無理してもらったからか、俺の隣でスヤスヤと寝息を立てている。

 穏やかに眠ってはいるのだが、一向に起きる気配はない。


「お腹空いたな」


「うん」


 現在の時刻は午前11時を回ったところ。

 昨日の小隕石落下の影響で日本全国の学校は臨時休校となっているため、寝たきりの生活でも問題はない。

 今の問題といえば……


「あの時、私がいかなければお兄さんも死んでいた。それで美沙が哀しむようなことになっていたら、どう責任を取るつもりだったの?」


「申し訳ありませんでした」


 腕組みをしながら仁王立ちする希梨ちゃん、その前で平伏する翼と江莉香。

 俺の部屋では異様な光景が繰り広げられていた。


「芽亜が目覚めた時もお兄さんは命を落としかけたと聞いた。彼は貴女たちの所有者のはず、主人を守るべきではなかったの?」


「返す言葉もございません」


 希梨ちゃんは初めて会った時と同じく淡々と喋っているのだが、感じるプレッシャーはとてつもない。

 まだ声を荒げてくれたほうがマシだ、そう思えるくらいに恐ろしい。


「希梨ちゃん、二人も反省しているみたいだしその辺で」


「貴方もです、お兄さん」


 あれ?なんか矛先がこっちに向いた?


「お兄さんも自覚が足りていません。貴方は美沙の兄なんですよ?」


「そんなのわかってるよ」


「いいえ、わかっていません。美沙がどれほどお兄さんを大切に思っていると思いますか?私と会っている時も毎日毎日──」


「うわぁぁぁっ!ダメだよ希梨ちゃん!それは言っちゃダメ!」


 希梨ちゃんは何を言おうとしていたのだろう。

 ものすごく気になるのだが、美沙の大声にかき消されて何も聞こえなかった。


「はぁ、とにかくお兄さんが死んだら美沙がすごく悲しむ。だから一番近くにいる貴方たちが守って」


「以後このようなことがないよう気をつけます」


「その言葉、肝に銘じておきます」


 神代三剣って俺が思うよりも凄いんだな。

 あの翼と江莉香が全く頭が上がらないなんて。

 

 それに希梨ちゃんは美沙のことをすごく考えてくれているようで安心した。

 これまで親友だったのがその正体が星剣であると判明してどうなるか、と少し不安に思っていたのだがどうやら杞憂のようだ。


「筋肉痛の方はどう?」


「うーん、今日は動けないかな」


「そう、筋肉痛だけで済むのね。それに最初から私を使いこなしてた」


 ん?そういえば俺が初めて翼と契約をした時は、強化された身体能力を制御しきれず頭を天井にぶつけかけたな。

 それに神代三剣である芽亜の力を使った時も、背中に深い傷を負ってたとはいえ3日間も意識を失ったままだった。


 だけど美沙は神代三剣である希梨ちゃんと契約した瞬間からその力を使いこなし、反動も全身の筋肉痛だけで済んでいる。

 もしかして、俺が知らなかっただけでとてつもない戦いの才能があるのか?


「だけど希梨ちゃんって本当に強いんだね」


「まあこれでも神代三剣だもの」


「やっぱり希梨ちゃんはすごい、いつも私を助けてくれてありがとね!」


 まあいいか、二人の関係性は少しも変わってなさそうだしな。

 これからも仲良く過ごせるならそれ以外のことなんてどうでもいい。

 

「おにいちゃん、おなかすいた……」


 胸元に目を落とすと、起きたばかりの芽亜が目をこすりながら俺の服を引っ張っている。

 ひどく疲れていたとはいえ、空腹の限界がそれを上回ったようだ。


「翼……は無理だよな、江莉香は?」


「失礼な。まあ我は料理の経験などないが」


「作れるけど、今から用意するとなると時間かかっちゃうよ」


 さっきまで希梨ちゃんに説教されてずっと正座だったもんな。

 二人とも足が痺れたらしく、さっきからずっと変な体勢だ。


「でもあんなことが起きたせいでコンビニも外食もやってないだろ?」


「うん、どこも臨時休業だね」


「私が買ってきましょうか?国内であれば10分あればどこでもいけますが」


 さすが神代三剣、スケールが違いすぎる。

 だがそんな高速で移動すれば食材の方が耐えられなさそうだ。


「まあ普通に今から作ってもらうのが一番無難で──」


「おーっす、ここがオマエん家であってるよな?」


 その時だった。

 ノックもチャイムもなく、突然来夢が部屋に入ってきた。


「来夢⁉︎なんでここに⁉︎」


「今日からお世話になろうと思ってな!あ、ついでに飯持ってきたからな!」


 なんで俺の家を知ってんだよ、しかも俺に許可なく住もうとしてるんじゃねーよ。

 いや、飯を持ってきたのはナイスだけど。


「お兄ちゃん、この人が昔のお友達なんだよね?」


「ああ、潘来夢って言ってな。俺が孤児院に入る前の話だけどな、いつも一緒にいたんだ」


「そうそう。ま、自慢じゃないけど?凰真と一番付き合いが長いのは間違いなくオレだぜ」


 ん?どうしたのだろう、急に部屋の温度が冷え切った気がする。


「10年も前のことなんて忘れてると思うけどなぁ」


「まあお兄ちゃんと一番長い時間を過ごしてたのは私だけど」


「大事なのは長さではなく密度だ、少なくともいつ出会ったかなど関係ない」


「文句あるならかかってこいよ、相手してやるぜ?まあオマエらにはオレの結界を壊すのは無理だろうけどな、なんせこれを壊せるのは世界でただ一人……って」


「なんかいいにおいする」


「いたっ⁉︎すみません、勘弁してください!」


 来夢は突然芽亜に向かって土下座しだした。

 なるほどな、あらゆる防御を無視して切断する芽亜の一撃だけは、来夢の結界も破壊できるというわけか。

 来夢にとっては不運だが、ここに唯一にして絶対の天敵がいたのだ。


「はぁ、これからもっとうるさくなりそうだな」


「うん!でもそれ以上に楽しくなりそう」


「……だな」


 騒がしいみんなは無視して美沙と二人で笑い合う。

 こんな楽しい日々が今日も続いているのは、星を破壊してこの街を守り抜いたからだろう。

 そう思うと全身を襲う筋肉痛も悪くなかった。

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