第45話 天羽々斬

 背中の翼をはためかせて空を飛んだかと思うと、次の瞬間、美沙の姿は視界から消えた。

 直後、どこからともなく美しい羽根が降り注ぎ、周囲にいたモンスターが一斉に絶命する。


「な、何が起きているんだ……?」


「あれが神代三剣が一つ、天羽々斬だ。彼女は羽のような身軽さと天を翔ける翼、そして人智を超えた速さを授けるのだ」 


 目に見えない、目にも止まらない、そんな表現では生ぬるい。

 もはや認知することすら叶わない、それほどまでに圧倒的な速さであった。


「もちろん、それだけではないがな」


「お兄ちゃん、見ててね」


 美沙がパチンと指を鳴らすと、背中の翼と舞い散る羽根が眩い輝きを放つ。

 そしてひらひらと風に流されるだけだった羽根が意志を持っているかのように動き出し、次々とモンスターを貫いていった。


 天使のような見た目をしているが、一切の容赦なく敵を屠るその姿は悪魔のようだった。


「この剣も翼も、全てがお兄ちゃんを守るための……敵を討つための武器となる」


「美沙……」


 どうやら俺は何もわかっていなかったらしい。

 ずっと美沙は子どもだと思ってた、俺が守らなきゃいけないと思っていた。

 だけど美沙も成長していたんだ、俺が思うよりもずっと。


 こうして一人で戦えるくらいに。


「ははっ」


 頼もしくなったことがたまらなく嬉しい。

 だけど俺は美沙の兄だ、兄には兄の意地がある、守られてばかりではいられない。


「お兄ちゃん⁉︎動いて大丈夫なの⁉︎」


「大丈夫じゃない、かもな。それでも、兄は妹の前でカッコつけたいもんなんだよ」


 隠しているつもりかもしれないが、俺は気づいているぞ。

 その目元の赤い跡、ここに来るまでどれほど泣き腫らしたのだろうか。

 それでも恐怖を乗り越え、勇気を振り絞り、俺のためにここまで来てくれた。


 なら俺もそれに応えないわけにはいかない。


「美沙、一緒に戦おう。どんな困難も俺たち兄妹で力を合わせて乗り越える、そう誓ったもんな」


「うん!」


 全てを使い切ったはずなのに、身体の奥底から勇気が湧いてくる。

 

「おにいちゃん、わたし、まだがんばれるよ」


「そっか。それじゃああと少し頼むな」


「うん!」


「翼、江莉香、それにみんな。本当にありがとう、ここからは俺たちに……いや」


「私たちに任せて!」


 俺は美沙とお互いに背中を預けながら、ギリギリまでモンスターが迫ってくるのを待ち続ける。

 布都御魂の間合いは半径20m、防御も回避も不可能、絶対にして無慈悲な一撃を叩き込む。


「こんなもんじゃないぞ、なあ美沙!」


「うん!」


 美沙が大きく翼を広げると同時に、再びその姿は消えた。

 あちこちから聞こえるモンスターの断末魔が、美沙がどのように動いたのかを教えてくれる。

 そして舞い落ちる羽根の一つ一つもまた、確実にモンスターを仕留めていく。


 周囲にはSSランクのモンスターも見られるのだが、もはや俺たちには関係ない。

 

「神代三剣が二振りも揃うとはな」


「凰真くんと美沙ちゃん、すごい兄妹になっちゃったね」


「あと一体……美沙!」


「いくよ、お兄ちゃん!」


 最後の一体を二人同時に仕留める。

 そして遂に落下した小隕石に惹かれて押し寄せたモンスターもいなくなった。


「終わった……?」


 先ほどまでの激闘が嘘のように静まり返り、俺たちの間を爽やかな一陣の風が吹き抜ける。

 次の瞬間力が抜け、俺は仰向けに倒れ込み、美沙はその場にへたり込んだ。


「終わった……生きてる、街も守れた」


 そりゃあモンスターの影響で壊された建物は多いかもしれないが、それでも隕石の落下によって完全に消滅すると言われてたことに比べればずっとマシだ。

 俺たちの家も学校も、ルカねぇの孤児院も無事だ。

 来夢とも再び会えた。


 10年前とは違う、俺は全てを守り抜いて、あの日失ったと思っていたものさえも手にすることができた。


「美沙……」


「お兄ちゃん……」


 互いに喜びを分かち合うように、そして噛み締めるように、お互いに伸ばした手を硬く結び合う。

 見上げると空を覆っていた雲の切れ目から、俺たちを祝福するかのように太陽が照らし出していた。

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